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 赤井さんもメイクをして顔を隠し、出かける準備が整った。
 わたしはブーツはいつも通りで、ワンピースに厚手のパーカーを合わせている。髪を下ろしたままキャップを被り、耳に着けたワイヤレスイヤホンマイクを隠した。
 赤井さんはいつもフードを被っている。イヤホンを隠すのは造作もなさそうだ。
 あとは車で取引場所の近くの公園に行って、取引場所におかしな細工がされていないか監視をしつつ、時間が過ぎるのを待つだけ。身分証明書を抜いた財布とスマホだけパーカーのポケットに突っ込んで、赤井さんと一緒にセーフハウスを出た。

「今日は車で行く。近くに用意してあるんだ」

 連れていかれたのはコインパーキングで、赤の86が停められていた。

「わぁ」
「日本車で適当に見繕った」
「そうなの……」

 マスタングは目立つし、仮の姿であまり乗りたくないのだろう。86も目立つけれど、マスタングほど走っていないわけではない。
 何にせよ走りが良いのを選んだのだろう。
 車に乗り込んで、窓の外を眺めた。
 滑らかに走り出すのを体で感じながら、流れていく景色を見る。

「取引の時間が近くなったら連絡が来る。貸しているスマホにグループ通話用のアプリを入れた」
「わかった」
「その前に、千歳には桜木隼斗と一緒に避難していてもらいたい。取引に自分の身を守れない人間がいても仕方がないからな。場所は画像データを入れておいたからそれを見てくれ。近くに君が知っている公安刑事がいるはずだ。取引が終わったことがわかったら、その公安刑事に話しかけて桜木隼斗を引き渡せ。桜木隼斗には……」
「昔何度も補導されたって言ってごまかしておく」
「あぁ、それでいい。その後、"桜木隼斗が逃げた"と言って合流してくれ。確実に警察に調べられるだろう紙幣に俺が触れるわけにはいかない」
「そうね、指紋なんてつけたら一大事」

 バーの方は、降谷さんが上手く処理してくれているはずだ。
 集合場所となっていた公園に着くと、桜木くんもターゲットも集まっていた。
 居心地悪そうにしていた桜木くんは、わたしたちを見ると安堵したような表情をする。
 車の中だったり縁石だったりと、思い思いの場所で時間を潰しているメンバーを横目に、助手席の窓を開けて近づいてきた桜木くんの顔を見上げた。

「何かあった?」

 桜木くんは顔に不安を表していて、目が揺らいでいる。

「……俺がここにいる意味が、わからなくて。池田さんがいるなら、俺はもう要らないはずだし。……ずっと、そう思ってはいたんだけどさ」

 勘が鋭いというのも少し困りものだ。できれば警察に身柄を保護してもらうまで、気がつかないでいてほしかった。
 取引が終わって引き上げる直前に、口封じのために殺されるかもしれないのだから。

「さぁ……わかんない」

 その場はわからないフリをして、暇つぶしにオセロのアプリで対戦をしつつ、お昼のおつかいでその場を離れもした。
 おつかいに別の誰かがついてきたのは、おそらく監視のため。桜木くんが早まって逃げようとしなかったのは僥倖だった。
 日が暮れ、取引の時刻が近づいてきた頃。赤井さんが、桜木くんとわたしを少し遠くへやっておきたいと発言した。妹がいるから、桜木くんは下手なことができない。足手まといを連れて行っても邪魔になるだけ。ちせの面倒も見てもらいたい。そう言ってわたしと一緒に離れさせる理由をつけてくれた。
 了承が得られたところで、赤井さんは車に戻ってきた。

「ちせ。そいつを連れてここを離れてろ。取引が終わったら連絡する」
「わかった」

 スマホを渡して、画面に地図を表示させてもらう。

「この辺りにいろ。あまり奥へ行くなよ、治安が悪いからな」
「うん」

 二人で公園を離れて、指示された場所に向かった。
 パーカーのポケットに入れたままの手で触れていたスマホが振動する。すぐに取り出して通話状態にし、ポケットの中に仕舞い込んだ。

『赤井さん、千歳さん。繋がってたら奥歯を二回鳴らしてくれる?』

 イヤホンからコナンくんの声が聞こえてきて、周囲が賑やかなのをいいことに指示された通りに奥歯を噛んで鳴らした。
 赤井さんの反応らしきものも返ってきて、通話は大丈夫そうだと息をつく。

『白河さんも桜木由香さんの保護の準備が整って、家の近くに待機中だよ。現時点で予定に変更はなし』

 人との待ち合わせを装って、桜木くんと一緒に近くの店の壁に背をつけて立った。
 桜木くんから振られる話に応じながら、取引時刻になるのを待つ。
 赤井さんたちは既に移動しているようで、話し声と一緒に足音も聞こえてきた。
 取引の直前になって、コナンくんから白河さんが由香ちゃんの保護に乗り出したと連絡が来た。取引相手とリーダーのやりとりが聞こえ始め、荒事に発展することもなくロッカーの鍵とお金の引き渡しが終わるのを待つ。

『千歳さん、桜木隼斗さんを保護してもらって』

 コナンくんからの指示を受けて、辺りを見回した。
 風見が電話をしながら歩いているのを見つける。――知っている刑事、というのは風見だったのか。

「来て」
「え?」

 戸惑う桜木くんの手を引いて、風見に近づいた。
 スーツの袖を引っ張ると、風見はわたしの顔を見下ろして驚いた顔をする。

「この人、わたしが高校のときに何度も補導されたおまわりさん」
「え? ……え?」
「ねぇ、この人のこと保護できる? 犯罪に巻き込まれてるの」

 顔を見上げて問いかけると、風見はすぐに頷いてくれた。

「それはいけないな。君、本当なのか? 彼女が嘘をつくとも思えないが……」
「あ、えっと……はい、その、薬物の違法取引のために日本に来た人たちの、通訳をさせられてて……」
「なるほど。話を聞くから、一緒に来なさい。君は?」
「わたしは平気。隼斗くんが逃げたって言ってごまかしてくる」
「君も巻き込まれてるんじゃないか……」

 風見は呆れた顔をして見せた。

「隼斗くんのこと任せたから。早くここから逃がしてね」

 説教が始まりそうな空気を避けるフリをして、風見にしっかり隼斗くんの腕を掴ませてから踵を返した。
 ヒールの低いブーツは走りやすい。とにかく急いだ風を装って戻らないと。一人で通りを歩いて声をかけられたくもない。
 イヤホンから耳に飛び込んでくる取引の終わりの会話を聞きながら、公園に帰る足を速めた。

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