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 今までずっと黙ってきて、取引を明日に控えた今になって、わたしを囮にすることを明かした。
 きっとわたしを友人だと言って接してきた風見自身は、割り切れていない。それでも、公安刑事としての誇りが、信念が、彼を冷徹にさせている。
 恨む気なんて端からない。恨み続ける勇気もない。国を守る正義を間違いだと声を上げる覚悟もない。
 ただ、たった一人のために、選んだ道だった。
 その道も、これで終わり。あとは迷ったわたしが、どうするかを決めるだけ。
 カルーア・ベリーのグラスを持って、外側についた水滴を親指でなぞった。

「危険はずっと承知の上。だからそんな顔しないでちょうだい」

 そう伝えても、風見の表情は揺らがない。

「……降谷さんに、愛想尽かされちゃった」

 カクテルを飲むと、コーヒーリキュールの混ざったミルクが舌を撫で、加えられたベリーのほのかな酸味が喉の奥を抜けていく。
 コースターの上にグラスを置いて風見の顔を見ると、懸命に貼りつけていたらしい鉄仮面は剥がれていた。

「まさか……降谷さんが、そんなこと」
「無理もないでしょう。逃げろって言われたのに呑気に敵地に行って、彼の大嫌いな人間に守られているんだから。……もしかしたら、降谷さんのためだって……気づいてくれたかもしれないけど。それでも……誰が見たって、わたしがやったのはバカのやること。これ以上そばに置いておくメリットはない。……もう、一緒にはいられない」

 呆れたような溜め息も、厳しい声も、もうこれ以上聞きたくない。
 彼が疑われずに済んだのなら、それでいい。
 グラスで冷えた手で、風見の手を掴んで握り締めた。
 いっそここで終わってしまえたら、どれだけ楽か。祈るような心地だった。

「好きに使って。危険な目に遭ったってかまわない。風見にだって決める権利はなかった。全部、わたしが選んだ。……自分の選択の責任は、自分でとるわ」

 降谷さんのそばで生きたいから、生きていたかった。
 それが叶わない可能性から目を背けたまま、そのために何もかも捨ててきた。見ないフリを続けてきたツケがここで回ってきた、ただそれだけのこと。
 手元から視線を上げて、顔を上げる。風見が傷ついたような顔をしていることが、少し意外だった。

「……隼斗くんと由香ちゃんのこと、ちゃんと守ってね」

 カルーア・ベリーを飲み干して、立ち上がる。

「穂純……」

 何か言いたげに名前を呼ばれた。だけどもう、何も聞きたくない。

「会計はいつも通りでいいの?」
「……あぁ」

 風見は何も言わないまま、わたしが部屋を出る間際もグラスを傾けていた。


********************


 "ちせ"は体調不良で寝ているという設定にして、赤井さんだけで明日の取引の打ち合わせをしている。
 風見との話を終えてセーフハウスに戻ってきても、まだ早い時間だった。
 有希子さんはテレビを見ていて、コナンくんは推理小説を読んでいるようだ。
 玄関のドアの開閉の音に気がついて、二人ともこちらに顔を向けていた。

「お帰りなさい、千歳ちゃん」
「ただいま戻りました。……コナンくん、ちょっといい?」

 有希子さんと挨拶をかわして、コナンくんに視線を向ける。

「うん。どうしたの?」

 コナンくんは頷いて、読んでいた本をテーブルの上に置いた。

「公安の人から明日の段取りを聞いたから、話しておきたくて」
「じゃあ私はお風呂に入るわね」

 有希子さんが席を外してくれるのを待って、コナンくんに話をした。
 取引と同時に由香ちゃんを保護し、取引相手の身柄を確保すること。取引が終わって気が抜けている隙に、桜木くんを保護すること。薬がすり替えられていることを敢えて明かし、赤井さんとわたし、そして降谷さんを狙わせて捕まえること。
 すべて聞いたコナンくんは、心得ていると言わんばかりに頷いた。

「……コナンくんは」
「?」
「こうなることを、予想してたの?」
「え? どうして?」

 目を丸くして聞いてくる表情からは、心底不思議で聞いてきているのか、わたしがいつもやるようにわからないフリをしているだけなのかは読み取れない。

「何を聞いても驚かないし、……わたしを介して公安と調整を図るには、伝言が少なかった」

 風見から鍵を受け取る前に、わたしはコナンくんに伝言はないかと聞いた。コナンくんは"伝言はない"と即答した。
 わたしが必要なことをすべて伝える保証はない。それなのに、なぜわたしを伝言役にする必要性を感じなったのか。
 コナンくんの目をじっと見つめると、観念したかのように苦笑いを浮かべられた。

「そろそろ気づくかな、とは思ってたよ。……もう隠す気もなかったしね」
「!」
「ボクが連絡を取っているのは白河刑事。学校帰りに会ったんだ。千歳さんが連絡を取り合ってる刑事さんも、今は白河さんの指示で動いてるハズだよ」
「白河さんが……」

 風見も、白河さんの指示で動いている。
 何も言わなかったのは、わたしが信用しないことをわかっていたから。一番大事なことは、しっかり隠し通されてしまった。

「藤波刑事のことも、解決するのを手伝ってくれてるよ」
「!」
「そっちの件もどうにかするから、千歳さんは今は明日の取引のことに集中してね」

 白河さんも動いてくれている。情報を何ももらえないから、どういう理由があってなのかはわからないけれど、不思議と白河さんがわたしにとって悪い結果を引き起こすようなことをすることはないと信じられた。

「……わかった。コナンくんのこと、信じるわ」
「ありがとう! そうだ、有希子お……姉さんにもお礼言っておいてね。明日の昼には優作おじさんのところに戻るから」

 今"おばさん"って言おうとしたな。言葉に詰まったことで察してしまった。
 それはともかくとして、取引を控えた状態で、有希子さんを危険に晒してしまいかねない場所に置いておきたくないのはわかる。明日は昼間からターゲットと合流しなければならないから、会えない可能性もあることを考慮してくれたのだろう。
 コナンくんの頭を撫でて、"もう寝るから"と寝室に戻っていく小さな背を見送った。

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