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 夜はいつもどおりにバーに赴き、赤井さんはターゲットに桜木くんが脅されていることはなさそうだということを、わたしは桜木くんに由香ちゃんが元気そうだったということを報告して、"見張りの前に仮眠を取りたい"と伝えて引き上げることに成功した。
 桜木くんには、何も伝えないままでいいらしい。尾行のレベルからするに、取引相手の程度は知れている。だから由香ちゃんには少しでも安心できる要素を与えてパニックを起こさないようにしておきたい。一方で、元軍人だという人間も多いマフィアの子たちは、腕利きが多い。下手に伝えて、挙動の変化を疑われても良くないから、だそうだ。
 降谷さんは相変わらず完璧な接客をしていて、隙がない。視線だけは、合わなかったけれど。
 慰めるように、代わりに守るかのように握ってくれる赤井さんの手に、ひどく安堵するばかりだった。
 セーフハウスに戻ってからシャワーを浴びて、四時間ほど眠った後まだ暗いうちに起きて、着替えて化粧をし直した。これから二十四時間、赤井さんと一緒にロッカーを眺めているだけなのでいつもよりは緊張しなくていい。
 降谷さんと会うことが怖くなっている自分に嫌気が差す。わかっているくせに、いざ呆れたような視線を向けられると体が竦んでしまうのだからどうしようもない。
 簡単な食事をコンビニで買ってから見張り場所のアパートに赴き、欠伸をこぼすメンバー二人と交代した。
 遮光カーテンのせいで薄暗い部屋には窓からロッカーを見るのに便利な椅子以外には物がなく、本当に見張りのための場所、といった感じだ。カーテンの隙間からロッカーの場所を確認しながら、赤井さんと二人が言葉をかわすのを聞き流した。
 椅子に座って、落ち着く場所を探す。赤井さんはライフルのスコープを持ってきているらしいので、困ったらそれを借りることになっている。
 わたしがロッカーを見ている間に、赤井さんは盗聴器や監視カメラのチェックをしてくれた。

「大丈夫そうだ」
「良かった。……どうする? ベルモットからは事前に連絡が来るし、疲れてるなら寝ておいたら」

 赤井さんは少し考えて、椅子のすぐそばに腰を下ろした。

「そうだな、しばらく見ていてくれるか。ベルモットからの連絡か、この端末へのメールが来たら起こしてくれて構わない」

 スマホを手渡されて、素直に受け取って手に持っておく。
 それを確認した赤井さんは、壁に寄りかかって腕を組み、目を瞑った。
 ロッカーを使う人はいたけれど、取引される薬物が入ったところに触れる人はいない。日が昇って出勤ラッシュが過ぎ、人通りがほとんどなくなる頃、ベルモットから借りているスマホが着信を知らせた。

「ベルモットから連絡」

 肩を揺らして声をかけると、赤井さんはぱちりと目を開けた。眠りが浅いのか、起こされればすぐ起きられるようにしているだけなのか、よくわからない。
 出るように促されて、通話ボタンをタップしてスマホを耳に当てた。

『今から行くわ。問題ないわね?』
「えぇ、今のところは」

 赤井さんから借りたスコープ越しにロッカーを見ていると、スタイルの良い茶髪の女性が近づいていった。道路側に二つほど空けたところにあるロッカーを開けて、荷物の中から貴重品を選び取るフリをしながら、スマホを耳に当て続けている。

『少し話に付き合って頂戴』
「え? えぇ……いいけど」

 ベルモットから持ちかけられるファッションの話に適当に相槌を打ちながら、ロッカーを見続ける。今度は背の高い男性が来て、ごく自然に薬物を仕舞ってあるロッカーを開けた。――あれが、たぶん降谷さんだ。
 降谷さんはロッカーからケースを取り出すと、すぐ隣のロッカーも開けて中から大きな布製の袋を三つ取り出した。中のケースを取り出して目的の物を抜いたロッカーに入れ、薬物が入ったケースは袋に入れ直して、一つは偽物が入っていたロッカーにしまい、一つはベルモットのそばにさりげなく置いた。そうして残ったひとつを、袋に隠したまま手に持って立ち去った。
 滑らかな所作で行われた一連の作業は、ベルモットが隠してくれたこともあって通行人の気には留まっていない。
 降谷さんが立ち去ったのを確認して、ベルモットは降谷さんが置いた袋を目の前のロッカーに仕舞い、扉を閉じた。

『また来るわね。連絡はするからメンバーの動向に注意しておいて』
「わかったわ」

 通話が切られ、ベルモットも立ち上がって去っていった。
 ほっと息を吐く。

「無事すり替えられたようだな」

 赤井さんに預かっていたスマホを返して、頷いた。

「うん、あとは別人に変装して取りに来るだけ」
「念のためターゲットが近くにいる時は避けるんだな?」
「そうみたい、ベルモットが引き続きメンバーの動きに注意しろって」
「了解した。……交代するか?」

 気遣わしげな声をかけられて、首を横に振る。
 ぐっと背伸びをして、凝り固まった首や肩をほぐした。

「いいよ、寝てて。眠くなったら起こすから。夜の方が起きてられない……」
「そうか。なら、もう少し眠らせてもらう」

 特に変わったこともなく、お昼に簡単な食事を摂りつつ監視を続けた。
 夕方にはベルモットとバーボンが変装して荷物を取りに来て、薬物の入ったケースを持ち帰っていった。
 無事にすり替えが終わって目的の物が組織の手に渡ったことに安堵する。
 日が暮れて眠くなってきたので、昼食の時とベルモットたちが来る時以外は睡眠に充てていた赤井さんを起こした。

「赤井さん、赤井さん。眠くなってきたから交代」
「……あぁ」

 さすがに赤井さんも座りながら寝ていて体が凝ったのか、伸びをしていた。
 夕食におにぎりを食べてお茶で流し込むと、赤井さんは徐にコートを脱いで、床に敷いた。

「千歳、横になって寝ているといい。疲れただろう」
「寒くない?」
「あぁ、大丈夫だ。自分のコートは腹にかけて、冷やさないようにな。……さすがは元軍人の集まりと言うべきかな、全員硬い床でも眠れるようだ」
「そうみたいね……」

 長時間硬い椅子に座っていたので、腰やお尻が痛い。横になるとそれが顕著に表れて、腰を擦った。

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