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 セーフハウスに帰ると、赤井さんは鍵のナンバーを書いたメモをくれた。
 有希子さんが自分のスマホはノーマークのはずだからと貸してくれたので、それで風見に電話をかける。通話状態になって、すぐに名乗った。

「穂純です。……今、いい?」
『あぁ。何か進展があったか?』
「鍵のナンバーがわかったの」
『教えてくれ』

 メモを読み上げて、ナンバーを伝えた。
 明日の出勤ラッシュの時間帯に霞ヶ関に来てほしいと言われたので、時間と場所を聞いて約束を取りつけた。人に紛れられるよう、スーツで行くのが無難だろう。
 そのままベルモットに渡したいけれど、彼女と会うのならまた銀座に行くべきだろうか。
 ベルモットには連絡先を伝えている自分のスマホで連絡をして、お昼に前にも話した銀座の個室のあるカフェで落ち合うことになった。

「明日の朝に霞ヶ関まで行って、鍵を受け取ってくる。お昼にベルモットと会うことになったから、そのまま渡してくるわ。……何か伝言はある?」
「ううん、大丈夫だよ!」

 電話を見守ってくれていたコナンくんに尋ねると、笑顔できっぱりと伝言はないと言い切られた。
 何もないならいいかと納得して、シャワーを浴びさせてもらった。
 アルコールのせいか眠くて、早々に寝室に引っ込んだ。布団に潜り込んで、枕に顔を埋める。
 降谷さんが、助けてくれた。
 助けるどころか助けてもらう結果になってしまったけれど、彼にとってはまだ守るべき対象なのだとわかって、安堵してしまう。
 ベルモットを通して鍵を渡せば、さすがに目的に気づかれてしまうだろうか。まだ、気づかないでほしい。解決していないことがあるのだから、それが解決するまでは。
 暗い中でアザラシをつついて遊んでいるうちに、気がつけば眠っていた。


********************


 スーツを着て、久しぶりの早朝の空気を吸いながら歩いた。
 電車に乗るのには、今でも緊張してしまう。路線図は見慣れないし、電車に乗ることそのものが少し怖い。
 時折立ち止まって構内図を眺めながら、環状線から地下鉄に乗り換えて霞ヶ関まで行き、風見に言われたビルの一階にあるコンビニに入った。きょろきょろしている時点で通い慣れたOLには見えないだろうけれど、周囲の人間の目に留まったとしても中途採用だとかで勝手に納得してくれるだろう。
 適当にホットカフェラテを買って、外に出る。
 入り口の横でスマホをチェックするフリをしていると、店内から出てきた男性に声をかけられた。

「おはよう。早いな」

 声の主を見ると、やはりというべきか風見だった。今日は同僚か後輩のフリでいいのか。

「おはようございます、先輩。カフェラテ飲みたくなっちゃって」
「火傷するなよ」

 相変わらず気難しそうな顔に優しさの滲む笑みを浮かべる。
 不器用なイメージがあるけれど、ぶっきらぼうに思わせないところは風見のいいところだと思う。

「そうだ、頼み事をしていいか?」
「なんですか?」
「ロッカーにこれを入れて置いてくれ。急に担当先に"書類を受け取ってくれ"と呼び出されてな。このまま行かなければならないんだ」

 そう言って渡されたのは、ランチバッグだった。確かに取引先にお弁当箱を持って行くのは気が引ける。

「いいですよ」
「悪いな。これがロッカーの鍵だ」

 プラスチックの番号札がついた鍵を手渡された。これが本命だ。
 バッグの中に仕舞い、"先に行ってますね"とその場を離れる。さすがに霞ヶ関駅にとんぼ返りはまずい。日比谷駅まで歩いて、そこから電車に乗って帰った。
 一旦自宅に帰って、服や持ち物を変え髪型や化粧を直し、鍵についているだろう風見の指紋も拭き取ってベルモットと会う準備を整えた。
 そういえばランチバッグにはそこそこの重さがあったけれど、と中のタッパーを開けてみる。ぎっちりとお菓子が詰まっていた。風見は何を考えてお菓子なんか詰め込んだのだろう。こんなときに遊び心を入れるような人だっただろうか。
 それはともかくとして、どの道ベルモットと会った後ここに来るのだし、有希子さんとお茶をするときに食べることにしよう。冷蔵庫にしまって、銀座に向かうべく家を出た。
 タクシーで銀座まで向かい、前にもベルモットとお茶をしたカフェに向かう。ベルモットはお店の前で待っていて、わたしに気がつくと右手を上げて上品に手を振った。

≪元気そうね。慣れないことをして参っているんじゃないかと思っていたけれど≫
≪平気よ、これぐらい≫
≪まぁいいわ。中に入りましょう≫

 ベルモットは艶やかに笑んで、カフェのドアを開けた。
 予約をしていたのかすぐに個室に通されてお冷を出され、ベルモットは手早く注文をしてしまう。ウェイターが去ると、盗撮盗聴をされていないかのチェックもしてくれた。

「さて、本題に入りましょうか」

 ベルモットはグラスに口をつけながら、視線で話すよう促してきた。

「これが取引に使われる鍵のコピーよ」

 風見から預かった物を手渡す。
 ベルモットはそれを確認して、ハンドバッグにしまった。

「明後日、わたしと協力してくれている人の見張りの番になる。そこがすり替えられる唯一のチャンス。昼と夜なら、どちらが都合がいいかしら」
「待って頂戴。他のメンバーに見られる心配はないの?」

 ベルモットからの問いは、コナンくんも予想していたものだ。
 けれど、今はメンバー全員に監視がついているらしい。コナンくんがどこの伝手を使ってそんな人員を確保したのかわからないけれど、とにかく連絡をくれると言うのだから信頼していいだろう。

「ロッカーに近づきそうなら警告するわ。わたしたちだって、ロッカーに近づいた人間を野放しにすれば疑われる。それはお互いにとって良くないことでしょう?」
「そうね。いいわ、条件が同じなら視界の悪い夜は避けましょう。バーボンにこのタイミングでアルバイトを休ませても疑われる原因になる。念のため、私も彼も変装をしていくわ。それでいいわね?」
「えぇ、問題ないわ」

 ベルモットが変装を施してくれるというのなら、"バーでアルバイトをしている安室さん"が彼らの目に触れることはない。
 用件が済んだ後は出されたランチセットを食べて、その後またベルモットに着せ替え人形にされた。面白がられているのはわかっているけれど、結局買い与えられてしまった服はわたしの好みに合っているので断りようもない。
 複雑な思いを昇華しきれないまま小声でお礼を言うと、ベルモットは口の端を上げて蠱惑的に微笑んだ。

≪素直ないい子は好きよ。またね≫

 サングラス越しにウインクをされ、何も返すことができないまま姿勢良く歩く背を見送る結果になってしまった。

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