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 二度寝から起きたら有希子さんが来ていて、コナンくんは登校した後だった。
 今日は特にすることもないし、仕事をしようかと考える。有希子さんと一緒に掃除をして、暇だと言う有希子さんと話しながら仕事をすることにした。リビングにまとまっていた方が、エアコンをつけるのも一ヶ所で済むし経済的だ。
 お昼前になると赤井さんが起きてきた。昨日こっそり撮ってきた写真からアタッシュケースのメーカーと品番を特定する作業を哀ちゃんにやってもらっていて、登校してすぐその結果を聞いたコナンくんが赤井さんにメールをくれていたのだそうだ。
 引き渡すのは大変だし、できれば組織の側で調達してもらいたい。やむなしとプライベート用のスマホの電源を入れて、数件の着信履歴の中には風見やクライアントからのものはなかったので見なかったことにした。
 ベルモットにメーカーと品番、三つ入手して薬物に偽装した物を詰めておいてほしいことを書き、見た目がわかる画像を添付したメールを送った。今回の仕事につきっきりなのか、ベルモットからはすぐに"OK"というメールが返ってきた。送信メールも受信メールも削除して、一息つく。

「ベルモットが手配してくれそう」
「そうか。あとは鍵だな」

 上手いこと、見るチャンスができればいいのだけれど。
 他にすることもないようなので、考え事をする赤井さんを置いて有希子さんと一緒に昼食を作った。


********************


 夜、バーに行ってみるとメンバーがいつもより少なかった。
 リーダーと特に親しい男二人が、何度もどこかに電話をかけては繋がらずに舌打ちをしている様子だ。他のメンバーも焦った様子を見せている。唯一顔色を変えていないのは、いつも壁際に座っている男だけ。
 桜木くんは戸惑った様子だし、マスターと安室さんは訝しそうに席を見ている。
 赤井さんは異常な様子などまるで感じさせない声でわたしに注文をしてくるように言うと、ソファに近づきながら"何があったのか"と状況を確認し始めた。

「マスター、バーボンとチョコレートと、……今日はどうしようかな」
「カルーア・ミルクはいかがです?」

 これといって飲みたい物もない。
 頷くと、マスターは穏やかに笑って"ではご用意いたしますね"と言って手を動かし始めた。
 赤井さんが話しかける前から、彼らはロシア語で話していた。桜木くんにもわかるように、だと思う。
 リーダーとその恋人に、連絡がつかないのだそうだ。取引される薬物が入ったロッカーの鍵はリーダーが持っている。となれば、リーダーが取引相手か、その取引に横槍を入れようとする人間に襲われた可能性が高い。
 赤井さんが英語で聞いた話は、わたしの予想に違わなかった。
 ここで鍵を横取りされるのはまずい。カルーア・ミルクが作られるのを見つめながら、どうしようかと悩む。

≪リーダー! アンタ今どこにいるんだ!?≫

 電話がようやく繋がったらしく、メンバーの一人の焦りの混じったロシア語が耳に飛び込んできた。
 離れている上に周囲が騒ぐせいで、電話の向こうの声は聞き取れない。

≪襲われたのか? アンナは無事だな? 鍵も? あぁ……、あぁ、上手く撒いてきてくれ!≫

 どうやらリーダーもその恋人も無事らしい。
 素知らぬフリでグラスを二つとチョコレートを受け取って、ソファに近づいた。

≪リーダーもアンナも無事だ、じきに来る≫
≪そうか、良かった。迎えは要らないのか?≫
≪あぁ、撒けるから待ってろってさ≫

 赤井さんの隣に座って大人しくカルーア・ミルクを飲んでいると、ドアベルの音が鳴った。
 振り返ると、リーダーとその恋人が掠り傷を作った状態でバーに入ってきていた。
 メンバーはリーダーたちの背後から敵が来ないか警戒しているのか、懐に手を伸ばす。赤井さんも例に漏れず、左手をコートの内側に差し込んでいた。

≪畜生、散々な目に遭った!≫

 リーダーは空いていた赤井さんとわたしが座る物と直角に置かれたソファにどかっと腰を下ろし、テーブルの上、それも赤井さんの目の前にスマホや鍵を放り投げた。
 マセラティのキー、これは彼の愛車のもの。キーケースにきちんと入っているのは、おそらく今の自宅の鍵。安っぽいプラスチック板がついた金属の鍵もある。――まさか。
 コナンくんに頼んで学校帰りに見てきてもらったロッカーの鍵と、見た目が一致している。
 ぐっと腰を抱き寄せられ、視線を鍵から外した。見過ぎて疑われてもいけない。

≪大丈夫か?≫
≪あぁ、傷は大したことねぇよ≫

 二人とも、苦笑いは浮かべているけれど大怪我というわけでもなさそうだ。

≪ハヤト、スコッチ持ってこい≫
≪わかったよ≫

 ロシア語で桜木くんに命令をするのを聞きつつ、チョコレートを食べた。
 情報を共有して、襲ってきた相手が横槍を入れようとしている第三者ではなく取引相手だとわかると、それは想定の範囲内であったためか張りつめていた空気はいくらか穏やかになった。
 しかし、いま桜木くんの妹さんについている監視は取引相手によるものではなかったか。

≪ハヤト、てめぇ奴らに脅されちゃいねぇよな≫
≪アンタらと一緒に行動させられてるせいで、会ってもいない≫
≪そりゃあ良かったよ≫

 由香ちゃんを脅迫の材料にできる今、桜木くんは取引相手にとってスパイにしやすい存在だ。いくら接触されていないと言っても、それすら嘘の可能性がある。監視の目は、しばらく桜木くんに向きそうだ。
 今このタイミングなら、さして疑われずに赤井さんが鍵のナンバーを見ることができるだろうか。
 チョコレートが口の中で溶けてなくなり、甘さの余韻に浸りながらカルーア・ミルクを喉に通す。
 赤井さんはチョコレートの入った器に手を伸ばし、ひとつ取ると包み紙を剥がした。チョコレートを唇に押しつけられ、口を開けてそれを受け入れる。チョコレートの甘さが口の中に広がった。
 ――この絶好の機会を、赤井さんが逃すはずもない。
 噛まずに口の中で転がして、桜木くんがリーダーにスコッチを手渡すのを待つ。
 桜木くんの手が空いたところで、赤井さんのコートをつまんで引っ張った。

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