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 マスターが用意したバーボンと安室さんが用意してくれた物を持って行き、赤井さんの隣に落ち着く。
 降谷さんの目の前で赤井さんに守られているという罪悪感は、ひどいものだった。

「ケーキか。どうした? 珍しい贅沢だな」
「新しいバーテンのひとが、てのこんだ? ものを作ったんだって。あの人が買ってくれた」
「ホォー……。別に良かったんだがな」

 日本語がわからないターゲットに何の話をしているのかと訊かれて、赤井さんは素直に答えた。

≪ハジメはチセによく食べさせるよな!≫
≪可愛がってるペットには餌をやるもんだろ≫
≪そういうんじゃないさ≫

 赤井さんは喉の奥で低く笑って、煙草の灰を灰皿に落とした。
 する、と太ももに大きな手のひらが這わされる。

≪女の体は柔らかい方が好みなんでな≫

 節くれ立った男らしい指が肌をなぞり、着ているワンピースの裾を僅かに捲り上げて、お腹に触れた。温かい手のひらでお腹をさすられて、そんな僅かないやらしさを含んだ手に人前で、降谷さんの前で触れられているという事実が堪え難くて、赤井さんのコートに顔を埋めた。

≪この通り、俺のペットは恥ずかしがりでね。やり過ぎて機嫌を損ねると可愛いおねだりが聞けないんだ≫
≪ははは! そりゃあ一大事だな! わかった、もう聞かねぇよ。チセにうまいもん食わせてやれよ≫

 追及が止んで、顔をコートに埋めたままばれないようにほっと息を吐く。

「ちせ。ほら、もうしないから食べてくれ」

 宥めるような声に顔を上げると、目の前に美味しそうなケーキが出された。これは、今"ちせ"でなかったとしても釣られそうだ。
 仕方ない風を装って、赤井さんからお皿を受け取りケーキに手をつけた。
 降谷さんの方を見ることはできないまま、それぞれが持つ情報の交換と、状況の更新がないかの確認を聞いた。メンバーのうちの女性が、降谷さんを見ながら"イイ男だ、あれは化けるタイプだ"と囁き合う声も聞いた。その女性たちがカウンターに向かい、英語で降谷さんに話しかけるのも聞いてしまった。
 降谷さんはにこやかに応じているけれど、シフトから上がった後の予定は掴ませないようにのらりくらりとかわしている。さすがだなぁと思いながら、カルーア・ベリーを飲んだ。
 話も終わって、わたしがケーキを食べ終えるのを見届けた赤井さんはお酒を飲むのもそこそこに席を立つことにしたようだった。

≪偶には朝まで付き合えよなァ≫
≪馬鹿を言え、昼間は真っ当に働いてるんだ≫
≪ダウト。チセを可愛がるのに忙しい、の間違いだろ?≫
≪わかってるじゃないか≫

 軽口の叩き合いを聞きながら、安室さんに会計をしてもらった。

「お酒、おいしかった」
「それは良かった。……また、お越しくださいね」

 含みを持たせた声には、発されたものとは裏腹に"もう来るな"という言葉が色濃く滲んでいた。
 赤井さんと一緒にお店を出て、手を引かれるままに歩く。
 いつもと違うルートで帰るのか、とぼんやり考えていたら、突然赤井さんがいる方とは反対側から手首を掴まれた。
 そのまま力強く引かれて、緩く引っかけていただけだった赤井さんの手から離れてしまう。

「……っ!」

 ネオンにも照らされない、本当の暗がりに引き摺り込まれてしまう。
 恐怖心で喉が引き攣って、声は出なかった。けれど、赤井さんはすぐに反応してくれた。
 右足を大きく踏み込み、右手を突き出す動作を呆気に取られて見ていると、引っ張られてよろめいた体が優しく受け止められた。その手の覚えのある感覚に、どくりと心臓が跳ねる。
 赤井さんの右手での突きは、わたしを路地に引き摺り込んだ相手に当たる前に止まった。

「え……?」

 攻撃をやめた意図がわからずに、それでも事態が動かないことだけは理解して、そっと振り返った。

「どういうつもりだ、FBI」

 わたしを捕まえた犯人は、赤井さんに対して低く唸るような問いをぶつけた人は――降谷さんだった。
 肩を支える手に覚えがあるのも、当然だ。相手が、降谷さんだったのだから。
 自由なままの左手を使いもしなかったのも、相手が赤井さんで、自分に危害を加えることはないとわかっているから。

「彼女の望む限りにおいて、彼女を守っているつもりだが」

 問いに答えた赤井さんの言葉に、降谷さんはぎり、と奥歯を噛んだ。

「今のが僕じゃなかったらどうしてたんです。彼女をペットだと嘲るなら、その無駄に長い腕をきっちりリードにして繋いでおいてくださいよ」
「ふむ、そうだな、省みよう。……それで、君はここへ何をしに? まさか彼女を攫いに来たわけじゃないだろう。ましてや、俺を殺しに来たわけでも」
「えぇ……彼女に理由を聞きたいだけですよ」
「……手短に済ませてくれ」
「僕もただのゴミ出しで外に来たんです、時間はかけません」

 赤井さんは煙草に火をつけながら、ネオン街の方を向いて壁に寄りかかった。
 どうしたらいいかわからずに突っ立っていると、降谷さんはわたしの肩に触れて顔を覗き込んできた。

「なぜあんなところにいたんだ」

 激情を無理矢理抑え込んだような、苦しげな表情。
 わかっては、いたけれど。降谷さんに苦しい思いをさせてしまうことが悲しい。悲しむ資格もないのだと、理性的な自分が嘲る。

「……薬物の取引。それを、調べたくて」
「だから、なぜそんなことを……」
「赤井さんにお願いされたの。相手は複数の言語を使うからって」

 降谷さんは、また強く奥歯を噛んだ。
 両肩に置かれた手をそっと握って、肩から外させる。温かくて優しい手のひらには触れないように、手首を持って押さえた。彼にとっては赤子にされる抵抗同然。それでも、力尽くで引き剥がされることはなかった。
 降谷さんの苦し気な顔なんてとても見ていられなくて、彼が着ているベストのボタンを見つめた。

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