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 有希子さんが置いて行ったというハーブティーを飲みながら、眠くなるまで赤井さんと話す。
 赤井さんは口寂しさを誤魔化していることまでわかっていると言いたげに、同じ空間で煙草を吸うことを許してくれた。甘ったるいこの煙草の香りは、苦手そうだと思っていたけれど。
 そうやって二日を過ごした。
 標的に接触してから四度目の夜を迎える日、赤井さんは足手まといになるわたしを置いて、品物をロッカーに入れる作業の際の警護のために出かけていった。
 仕事をしたり、有希子さんと一緒に家事をしたりと、昼間わたしが過ごす時間は穏やかだ。
 コナンくんたちがそうしてくれていることに気づいていないわけではないけれど。口にするのも無粋だとただ甘えて、外に出たときにはお気に入りのお菓子を買って帰った。鈍い人たちではないから、わたしの内心にも気づかれているだろう。
 有希子さんをこちらに滞在させてくれている優作さん含め、工藤一家にはお世話になりっぱなしだ。全部終わったら、優作さんにも直接お礼が言いたい。電話ぐらいはコナンくんに許してもらえればいいけれど。
 人目につかない時間に品物を移動させるため早朝に出かけた赤井さんは、八時前には戻ってきた。ブーツを脱ぎ捨てると、出迎えたわたしの手に脱いだコートを載せて、一直線にソファに向かう。

「若いというのはいいな……奴らは早朝まで飲んで、そのまま作業をしに来たんだ」

 ソファの上に長い脚を余らせて横になった赤井さんは、眉間を揉んだ。

「何をおじさんみたいなこと言ってるの」
「知らないのか、俺はもう三十路を超えたおじさんだ」
「はいはい、お疲れさま。寝るの?」
「有希子さんには悪いが……」
「私のことなら気にしないで。千歳ちゃんと一緒に映画観るから」

 申し訳なさそうな赤井さんの声に対して、有希子さんの声は語尾にハートマークでもつけているのではないかと思うほどうきうきしていた。
 それを見た赤井さんは疲れの浮かぶ顔に少しだけ笑みを浮かべて、寝息を立て始めた。
 預かったコートを赤井さんとコナンくんの部屋のクローゼットに入れさせてもらい、毛布を持ってきて赤井さんのお腹にかけた。赤井さんを疲れさせてしまっている申し訳なさから、自分の眉が下がるのがわかった。

「あんまり気にしちゃダメよ。警戒心剥き出しだった猫が懐いてくれたようで嬉しいって言ってたから。哀ちゃんが悲しまないようにっていうのも本当。――自分で決めたのなら、最後までやらなくちゃね」

 有希子さんに肩を押されて、テレビの前に座った。温かいミルクティーと、さくさくと軽い食感のクッキー。見せられたのは洋画のコメディー映画で、気持ちは幾分か浮上した。


********************


 夜になって、わたしは"ちせ"に、赤井さんは"池田一"になって、バーへ向かった。
 赤井さんを小走りで追いかけるかたちで、建物の中に入る。
 いつも通り、八人のメンバーと桜木くんがいて、カウンターの中にマスターがいて――そして、見知ったミルクティーブロンドが、視界に鮮烈に映った。

「ちせ。好きなのを頼んでこい。俺はいつも通りだ」

 現実に引き戻すように、赤井さんから声をかけられる。
 視線をカウンターの中に立つ人物から無理矢理に逸らし、赤井さんの顔を見上げた。

「わかった」

 早朝の仕事を労い合う声を聞きながら、カウンターに向かう。
 新しいスタッフに近づくのも変かと思いマスターの前に立つと、マスターは優しい笑みを浮かべた。

「こんばんは、お嬢さん」
「こんばんは。新しいひと?」

 今日初めてカウンターの中に立つ、見知ったミルクティーブロンドの髪の持ち主――降谷さんを横目で見ながら問いかけた。

「えぇ、昨日の昼にここで働きたいと言ってくれまして。多少の荒事にも動じない方を募集していると言ったら、是非にと。カクテルも申し分なく作れていますし、さっそく今日から入ってもらったんですよ」
「ふぅん」
「そうだ、お嬢さんも彼に作ってもらっては? こんなおじさんより、彼のような若くてルックスのいい男に作ってもらう方が良いでしょう。ねぇ、安室君」

 視線を向けられた彼は、変装のためにかけているらしい黒縁の眼鏡の奥でにっこりと笑んだ。

「えぇ、僕で良ければ喜んでお作りしますよ」

 白々しい笑み。妙に威圧されていると感じる。
 マスターは厚意で言ってくれているとわかっているから、断ることもできなかった。

「……そうする。あの人のバーボンだけお願い」
「かしこまりました。今日は安室君お手製のミニケーキもあるんですよ。どうせお客も来ないからと、手の込んだ物を作ってもらったんです」

 "ちせ"ならここでどうするか。チョコレート程度のわがままは許してもらっているけれど、それ以上は。
 カウンターの上で手を握って、背後を窺った。

「食べたい……けど、怒られちゃうかも……」
「じゃあ俺が出してあげるよ。マスター、俺のにつけてくれます? そのケーキ代」

 桜木くんが横に立って、にこりと笑った。
 マスターも穏やかに微笑んで頷く。

「えぇ、もちろん。お嬢さん、良かったですね」
「……ありがと」
「どういたしまして」

 そのままマスターに他の人の分もまとめて注文をする桜木くんを置いて、降谷さんの前に立った。
 顔をじっと見られて、落ち着かない。

「あの……?」
「すみません、少し前に別れた恋人と、とてもよく似ているものですから……つい。こんなところにいるはずはないんですが」

 穏やかに笑いながら告げられる降谷さんの言葉が、心に刺さる。"どうしてここにいる?"、何重にもオブラートに包んだ言葉で、そう問われている気がした。

「……カルーア・ベリーと、ガトーショコラはある?」
「ケーキはそれが良いんですね。すぐにご用意いたします」

 あくまでわたしを追い込む気はない。いつも待ち合わせに使っていたメニューでわたしだと確信すると、すぐに話を合わせてくれた。

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