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路地裏を通ってネオン街に戻り、品のない煌びやかさを見せる通りを抜けて、セーフハウスに戻ってきた。
安全だと信じられる空間に来ると、途端に気が抜ける。
ドアに背をつけて深く息を吐くと、コナンくんと有希子さんが"お帰り"と声をかけてくれた。
「赤井さん、千歳さん、どうだった?」
「盗み聞きでは情報は得られなかった。仲間になってきたよ。日時と相手、手段は聞けた」
ブーツのチャックを下ろそうと身を屈めると、赤井さんが手を出して支えになってくれた。
「そっか。先に帰ってきたの?」
「眠たがっている子猫を連れ帰る芝居をしてな」
「ジェイムズさんとジョディ先生からの連絡は今のところないよ。まだ飲んでるんだね」
「あぁ、随分遅くまで飲んでいるらしいな。明日も出向いて信用を得られたと確信できたら、千歳からベルモットを通して安室君に情報を流そう」
「わかったわ」
ブーツを脱いで上がらせてもらうと、赤井さんは浴室を指さした。
「千歳、先に風呂に入るといい。疲れただろう。寝る準備をしたら情報交換をしよう」
「うん、ありがとう」
赤井さんの言葉に甘えて、お風呂に入ることにした。
有希子さんが入浴剤を入れたのだと教えてくれて、蓋を開けてみるとバラの香りが浴室の中に広がる。お湯の加減もちょうど良さそうだ。
着替えを取りに部屋に向かうと、有希子さんが帰り支度をしていた。
リビングで足を止めてこんなに遅いのに帰ってしまうのかと首を傾げると、有希子さんは外を指さした。
「近くのホテルに泊まってるのよ。千歳ちゃんがお風呂に入っている間に秀ちゃんに送ってもらうから心配しないで! また明日来るわね」
「はい、おやすみなさい」
手を振って赤井さんと一緒に部屋を出ていく有希子さんを見送って、着替えを部屋から取って戻ってきた。
コナンくんは連絡を待つ間に宿題をすることにしたようで、プリントにすらすらと鉛筆を走らせている。
集中しているようだったので、声はかけずに脱衣所に向かった。
全身を洗って、体を綺麗にしたあと湯船に浸かった。薔薇の香りに包まれながら体を温めて、冷え切った指先が解れてからお風呂を出た。
帰ってきていた赤井さんに声をかけて、ドライヤーとスキンケア用品を部屋から持ってきた。コナンくんに少しうるさくなるけど、と声をかけて、顔の保湿をしてから髪を乾かす。
ドライヤーのコードを巻いて片付けていると、赤井さんがシャワーを浴び終えて出てきた。
「お茶淹れる?」
「あぁ、頼めるか。コーヒーがいい」
「ボクもコーヒーがいいな!」
「眠れなくなるんじゃないの……」
戸棚を確認すると、ドリップコーヒーとティーバッグで淹れる紅茶があった。お湯を沸かしつつ、カップにコーヒーとティーバッグをセットする。
冷蔵庫を覗くと牛乳が見つかったので、小鍋で少しだけ温めた。
コーヒーは分量通りに、紅茶は濃いめに淹れる。
「これ、有希子さんが?」
「うん! 千歳さんはミルクティーが大好きだって言ったら、家からいろいろ持ってきてくれたんだ」
「……いろいろ気にかけてもらってしまって、申し訳ないわね」
「大丈夫だよ、好きでやってることだからさ」
屈託のない笑顔で言われて、こちらの頬も緩んだ。
赤井さんがコーヒーが入るのを見計らってカップを取りに来てくれたので運ぶのをお願いして、紅茶にはスティックシュガーを入れた後ミルクを注いだ。
ソファに座ってミルクティーを一口飲み、ほっと息を吐く。
「じゃあ、今日わかったことを整理しよっか」
赤井さんの話はすべて聞いていたし、ロシア語やギリシャ語での会話にもその内容と異なるものはなかった。取引の日時と、そこに至るまでの行動予定は赤井さんもわたしも把握している。
あとはわたしが得ている情報だ。赤井さんはわたしの身の安全には気を配っていたけれど、桜木くんが一般人だとわかったこともあって、わたしがカウンターにいる間は話をしっかり聞いていたわけではなかった。
彼についてと、高校生の妹がいること、脅されてターゲットが日本に滞在する間の通訳をさせられていることを伝えた。きっと、彼にも妹さんにも保護が必要だ。
「明日は、ちょっと出かけて公安の刑事さんにその二人について調べてもらえるようにお願いしてくる。他に伝えておくことはある?」
「コインロッカーの鍵の複製ができるか聞いておいてもらえるかな? 普通は無理だけど……公安刑事なら、伝手があるかもしれないからさ」
「わかった。……普通は無理って?」
質問の意図を理解しておきたくて尋ねると、コナンくんは快く教えてくれた。
「鍵ってね、普通は番号が割り振られていて、メーカーで管理されているんだ。だから番号を伝えれば、合鍵は簡単に作れる。でも、それが公共のコインロッカーの物だったりしたら拙いでしょ? だから普通は依頼しても"コインロッカーの鍵だからダメだ"って言われるんだ」
「なるほど」
作業に必要だからと、違法に鍵を複製できる人間と繋がっている可能性が高い、か。
聞くだけ聞いてみて、だめならまた別の手段を考えるつもりなのだろう。
「ボウヤ、後の連絡は俺が受けよう。育ち盛りなんだ、夜更かしは良くない」
カップが空になったタイミングを見計らった赤井さんの言葉に対し、コナンくんはぎくりとした様子を見せた。
当人は高校生のつもりでも、見た目は小学一年生。高校生にしたって夜更かしは良くないと思うけれど。
「え、でも……赤井さんも休まなきゃ」
「他にやることもあるからな。千歳ももう休むといい」
言いながら、赤井さんはポケットから煙草の箱を取り出した。
コナンくんがいる手前我慢していたけれど、吸いたいということなのだろう。
「……そうする。コナンくん、歯磨きしよっか」
不満そうなコナンくんの背を押して、洗面所に向かった。
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