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 二日と経たないうちに昴さんとコナンくんが迎えに来て、荷物を運び出してくれた。
 コナンくんも学校に行きながらそこに泊まり込むらしい。
 セーフハウスとして案内されたのはセキュリティのしっかりしたマンションで、部屋の間取りは2LDK。二つある部屋のうちのひとつを与えられた。
 荷解きというほど大層なことをする必要もなく、荷物を置いてリビングに向かうと紅茶が用意されていた。スティックシュガーとポーションミルクも添えてある。
 コナンくんはテーブルの上にせっせと資料を並べていた。

「千歳さん、そういえばパーティーに参加していた日本人の名前のリストは持ってきた?」
「えぇ、これよ」

 財布の中に仕舞っていたメモをコナンくんに渡すと、コナンくんはそれに目を走らせて赤井さんに手渡した。やっぱり赤井さんが調べることになっているようだ。

「これに関しては赤井さんに調べてもらうから、少し待っててね。――じゃあ、作戦の話をしようか」

 可愛らしく首を傾げるコナンくん。どこか白々しさがあって、不思議に思いながら話に耳を傾けた。
 そして、数日前の不自然な態度と、先ほどの白々しい猫被りに合点がいった。

「なるほどね……情報を得るなら仲間になるのが一番、取り入りやすくするために"赤井さんのペットになれ"と」
「言い方が……。変わりはないんだけどさ」

 申し訳なさそうに苦笑いをするコナンくんに対して、昴さんの姿をした赤井さんはいつも通り。年齢を考えれば、当然のことだろうか。
 コナンくんと赤井さんは、ターゲットの溜まり場とされているバーの従業員になるよりも、仲間になってしまった方が情報を引き出しやすいし、工作もしやすいと判断した。見向きもされなければ、わたしが聞き耳を立てて終わり。その場合は赤井さんは"お守り"だ。
 でも、目をつけられ取り入る必要が出てくれば、その役目は潜入捜査の経験もある赤井さんが負う。わたしは、赤井さんに対する興味をターゲットに持たせるための"目を引くもの"になる。犬とか猫とか、可愛いものを連れている人につい話しかけてしまうようなものだ。それがアウトロー相手だから、小動物から人間に変わるだけ。
 大事に可愛がっていることにすれば、身の安全に気を配っていることに対しても違和感は持たれない。

「哀ちゃんの警護はどうするの?」
「キャメルに任せている。何かあればすぐに連絡が入るさ」

 "心配するな"というよりは"自分の心配をした方がいい"と言いたげだった。
 まぁ、それもそうなのだろうけれど。わたしの都合で動いてもらっている間に何かあったら、それこそやるせないというのに。
 できるだけ早く終わらせるべきだと内心で意気込んで、"それならいいけど"と答えた。

「赤井さんは、その……見た目はどうするの? まさかそのまま行くわけにもいかないわよね? 昴さんの姿で行くのもまずいだろうし……」
「助っ人を呼んでいる」
「え」

 赤井さんがニヒルに笑って親指で差した先のドアが開く音がして、コナンくんと赤井さんが使うことになっている部屋から女性が出てきた。

「初めまして、千歳ちゃん!」

 にこにこと笑い、明るい色の髪を揺らしながら近づいてくる美人に、思わず固まってしまう。
 助っ人って、この人だったのか。

「この二人の知り合いの、工藤有希子っていいます。やーん、びっくりしちゃった! 秀ちゃんとコナンちゃんがこんなに可愛い女の子を連れてくるなんて! でも危ないことするのよね。秀ちゃん、ちゃんと守ってあげなきゃダメよ?」

 くるくると表情が変わる。パワフルさについていけない。
 握手を求められ――というよりは手を握られ、次々と向けられる言葉の数々を処理しきれなくて耐え切れずにコナンくんに視線を送った。コナンくんは苦笑するばかりで、助け舟は出してくれない。

「えぇ、そのつもりでいます」

 赤井さんも、ちょっとは助けて。自分への球だけ処理して満足しないで。
 そうじゃない、なんだっけ、まずコナンくんを危険に巻き込むことを謝らないと。

「あの……ご挨拶が遅れてすみません、穂純千歳といいます。何度もご迷惑をおかけしてしまってすみません……」
「あらいいのよ、また秀ちゃんに変装の指南ができるから。楽しみにしてきたの!」

 ご機嫌に笑う有希子さんは、本当に気にしていないらしかった。
 有希子さんは左手を腰に当て、右手は人差し指を立てて頬に当てた。

「秀ちゃんは、見た目を若くして髪を下ろしちゃえばいいと思うのよね。千歳ちゃんはどうしようかしら?」
「……目の下に隈をつくって、吊り目もやめます。夜な夜な可愛がられて、育ち方が歪で幼い――そう見えた方が、舐められやすいですから」
「うん、いいと思うわ!」
「ボク部屋に居ていいかなー?」

 気まずそうに後退るコナンくんに、有希子さんはからかいを含んだ笑みを浮かべながら頷いた。
 赤井さんはしれっと洗面所に向かっている。すぐにメイクを教えてもらうつもりらしい。元より、時間もあまりないのだ。のんびりはしていられない。
 わたしも目元だけ直して有希子さんに見てもらおうかな。
 沖矢昴の変装を解いた赤井さんは、さっそく椅子に座らされて有希子さんの指南に耳を傾けていた。
 元気な有希子さんの声と赤井さんの低く落ち着いた相槌を聞きながら、目の周りのメイクを落としてやり直す。
 隈を隠すことこそあれど作るなんてことはしないから、なかなか難しい。何度か試行錯誤して、とりあえず直すところは有希子さんに見てもらうことにしてリビングに戻った。
 こちらに気がついた有希子さんは、わたしの顔を見てにこりと笑う。

「あら、十分良くできてるじゃない。あまり直す必要はなさそうね。コツだけ教えてあげるわ」
「お願いします。赤井さんは……あれね、若くなったわね」

 頬が常よりふっくらとして見える。隈も消えて、健康的だ。

「陰影のつけ方で頬の肉付きを良く見せただけよ。あとは隈を隠したの。いつも後ろに撫でつけている髪を下ろしちゃえば、ワルそうな若者の出来上がりよ!」
「なるほど……」

 服は有希子さんが見繕って買ってきてくれると言うし、これで今夜さっそくターゲットが溜まり場としているバーに行くことになるのだろう。
 メイクのコツだけ教えてもらってから、出かけていく有希子さんを見送った。

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