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 突きつけられた写真に写っていたのは、腕時計を選ぶ千歳と赤井だった。先日千歳から贈られたばかりの腕時計と同じブランドの店だ。やけに使い勝手のいい物を贈ってくれたと思っていたが、赤井に相談したとなれば納得のいく話だった。奴のセンスは微妙なところだが、機能性さえ見てもらえばあとは千歳の美的感覚で選べる。

「……それが不倫の証拠ですか? どういう状況なんです?」

 降谷零として厳格に対応するのも馬鹿馬鹿しくなり、笑みを浮かべて安室透の口調で応じた。

「"これかこれが良いな"、"じゃあこっちにするわ。喜んでくれるかしら"、"君からの贈り物なら何でも嬉しいさ"。明らかに奥様がこの男性に贈り物をするような会話じゃない!」

 ――"俺なら"これかこれが良いな。"零さんは"喜んでくれるかしら。"降谷君のことだ、"君からの贈り物なら何でも嬉しいさ。
 頭の中で欠けている言葉が即座に補完された。彼女の言うことは尤もだが、二人の間に俺への贈り物を選んでいるという共通認識がある以上、欠けるのも当然の言葉であり、不倫を疑っていればそうとも取れる言葉の欠け具合だった。

「その男性は僕と彼女の共通の知人です。僕への贈り物であるこの時計を一緒に選んでいたんですよ」

 ちょうど身に着けていた時計を見せつつ答えると、女性は眉を吊り上げた。

「じゃあこちらの方はどうなのよ?」

 次に見せられたのは、宇都宮氏と二人で写っている写真。二人が見ているのはネクタイ。……これも覚えがある。少し前に現場に出たときにネクタイを傷めたと言ったら買ってきてくれた時のものだ。ネクタイに機能性も何もない、精々が手入れのしやすさ。千歳はセンスの良い宇都宮氏を相談相手に選んだ。

「その方も共通の知人ですねぇ。ネクタイを駄目にしてしまって、妻に買ってきてもらったんです。彼はセンスが良いから、相談相手に選んだんでしょう」

 その後も見せられた写真のすべてが、俺のための買い物に友人や仲の良いクライアントを伴って出かけている千歳の姿を収めたものだった。男性への贈り物なのだから、選ぶ基準として連れて行くのは男性の方が望ましいだろう。赤井を除けば皆妻子持ち、しかも千歳自身にその配偶者と面識がある人物だ。相手をきちんと選んでいる。
 俺に良い物を贈ろうと一所懸命になってくれていたことがわかって、嬉しい気持ちになった。
 千歳はといえば、明らかに酒のせいではないのに顔を真っ赤にして、顔を背けていた。隠していた努力が知られて恥ずかしいのだろうか。

「そういうわけで、それらはスキャンダルではないですね」

 順序立てて勘違いを正していっても、女性は納得していないような顔をしていた。
 事実がどうあれ、俺と千歳の間に亀裂が入ることを期待していたのかもしれない。

「そもそも、妻には僕自身が決めて"結婚してほしい"とお願いしたんです。立場上職場の許可は得なければなりませんが、それも問題はありませんでした。つまり、あなたに相応しいかどうかを見定められる謂れはないんですよ」

 彼女の表情は変わらなかった。
 まだ駄目か。こうなれば少し脅しをかけるしかない。

「あなたの父親が僕とあなたの見合いを執拗に取りつけようとしていることは承知済みです。良かったですねぇ、妻が"場所を変えよう"と提案してくれて。あなたが見せてきた写真には有名人も写っていましたね。人通りの多いホテルの真ん前で今の内容を叫んでいれば、危うく名誉棄損になるところでしたよ。その写真に写っている人物は全員、裁判を起こすような経済力と行動力を持ち合わせています。もちろん、僕の妻もです。僕が言いたいことはわかりますか?」

 名乗りもしない自分を知っている、"千歳の"機転がなければ訴えられていた。
 それなりの教育を受けているはずの彼女には、十分伝わった。
 顔を青褪めさせ、謝罪をして頭を下げた後、俺の手にファイルを渡して去っていった。
 用件を聞く以外終始黙っていた千歳をアテンザの助手席に乗せてファイルを渡しながらエンジンをかけると、ようやく状況を飲み込んだ千歳は深い溜め息をついた。

「びっくりした。零さん良かったの? お見合いとか、上の人から言われるんでしょ?」
「悪かったなんて言うと思うか? 見合いの話もさっき上司から聞いたばかりだ。ずっと断ってもらっていたんだ。あの女性も物分かりが良くて助かった」

 車を発進させ、ホテルの駐車場を出る。

「そうだったの。あ、わかった。職場でわたしの話になって、その上司さんから聞いたのね? 零さんが半休でも取るなんて珍しいもの」
「ご名答。名推理だな」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう。……ね、赤井さんやクライアントと出かけるの、やめた方がいい?」

 きゃっきゃと可愛らしくはしゃいでいたのに、先程の写真のことを思い出したのかしゅんとしてしまった。

「いや、構わない。赤井はともかくとして、クライアントは配偶者や子供に"旦那さんやお父さんを借ります"って挨拶できる間柄だろ? その線引きができているなら何も言わないさ。何より、俺に良い物を贈ろうとしてくれていたと知れて嬉しかった」

 不倫を疑うほど千歳を信頼していないわけでもなし、加えて傍から見てもわかるはずのない千歳からの依存を知っている。俺が不倫を疑うような人間なら、千歳はどんなに信頼している相手とだって出かけはしない。
 愛情を伴う贈り物でありながら、猫がご主人様へのお土産を持ち帰るような――千歳は人間なのできちんと俺が喜ぶ物を選んでいる――感覚もあるのだということも、他人にはわからないだろう。
 俺のためにする行動なら、できれば制限したくない。赤井は千歳を守らせるのには都合がいいし、千歳が嫌がるようなことは決してしない。仲の良いクライアントも、千歳が"夫に喜んでもらえるものを探している"と相談するからこそ応じてくれている。
 交友関係の広くない千歳にとっては、それも楽しい時間なのだ。

「……うん」

 安堵したように笑う千歳の顔を横目で見て頭を撫でた。

「そのファイルは俺が処分しておく」
「うん、お願い。この後はどうするの?」
「家でのんびりしたい。スーパーにだけ寄って帰ろう」
「はーい。わたしも疲れちゃったからのんびりしたかったの。映画借りてるからそれ見ようよ」
「良いな。おやつも買って帰ろうか」
「ドーナツがいいな。砂糖たくさんかかったやつ」

 千歳は顔には出さないが、きっと"相応しくない"と言われたことに密かに傷ついている。存分に甘やかしてやろうと夕食の献立に千歳の好物を並べ立てながら、千歳の話に耳を傾けた。


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 翌朝、出勤したら白河さんと藤波に温かい視線で迎えられた。
 なんだこの人たち。徹夜で頭がおかしくなったのか。

「"僕自身が決めて結婚してほしいとお願いしたんです"、かぁ。言われてみたいねぇそういうセリフ」
「な……っ、どこでそれを!」

 頭はすぐさま千歳の行動を思い起こした。千歳に白河さんに電話をする時間はなかったはずだ。

「穂純ちゃんのスマホ。藤波君が何か証拠取れるかもってハッキングして録音してたんだよね」

 その言葉で合点がいき、焦りが一気に鎮まった。
 藤波のことだ、痕跡など綺麗さっぱり消し去って自分の作業にきちんと片をつけているに決まっている。

「……藤波」
「その後のお二人の車の中でのいちゃいちゃもバッチリ録音済みですよ! データ要ります?」

 ウインク付きの良い笑顔でUSBメモリを手渡された。
 それをひったくり、スーツのポケットに仕舞う。

「君の脳内からも速やかに消去しろ。白河さん、あなたもだ」
「怖いったらないね。いいよ忘れるよ、どうせすぐ穂純ちゃんの口から聞くことになるし」
「……」

 業務開始まではまだ時間がある。千歳への口止めのためにスマホを出しながら、朝から覚える疲労感に溜め息をついた。
 千歳が俺のために奔走してくれることが嬉しくて厄介事を片すのが苦ではなくなったのだから、俺も大概なのだろう。
 可愛い奥さんに今度は何をおねだりしようかと考えて、上がる口角を二人に背を向けることで隠した。


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リクエスト内容:甘め
結婚後のお話/同僚に知られる愛妻家エピソード、実際に戯れる


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