172

 コナンくんから頼まれていた、お城で開かれていたパーティーにいた日本人の名前の音を拾う作業。文字には起こしてあったから、USBの中の自分でロックしたファイルを一度解除して、テキストファイルの中から人名を拾うだけだ。
 仕事部屋に籠もってそれに没頭していたら、あっという間に時間が過ぎていた。午前中は仕事をして、昼食を食べた後すぐに始めたというのに、もう日が暮れている。
 自分で持っていたレコーダーと、白河さんが会場のあちこちに設置していた盗聴器。それらはほとんど抜かりなくパーティー中の音声を録音できていて、参加していた人物の名前はしっかり拾うことができた。さすがに漢字まではわからないから、調べるのは赤井さんあたりにお願いすることになるのだろう。
 さて、わかったはいいもののどうすれば良いのか。コナンくんには連絡を待っているように言われたし、ひとまず置いておくべきだろうか。
 少し悩んでいたら、プライベート用のスマホが着信を知らせた。
 登録された番号ではなく、末尾四桁が"2273"。――藤波さんだ。
 深呼吸をひとつして、通話ボタンをタップした。

「はい、穂純です」
『藤波です。突然ごめんね、今夜の八時、いつものバーでいつもの注文をしてもらえるかな』

 声の調子はいつも通り。
 潜入捜査官ではないとはいえ、"ゼロ"に所属する人間が職務中にそう簡単に心情を表に出すこともないだろうけれど。
 いま手元にあるデータも、コナンくんは名前さえ拾ってあれば必要ないと言っていた。それどころか、危ないからできるだけ早めに公安警察に渡しておいた方がいい、とも。
 既にすべてのデータの翻訳は済んでいる。コナンくんの頼みも実行した。時間稼ぎのためにロックもかけた。
 もう、手放してもいいだろう。

「わかった。ちょうど良かったわ、わたしも預けたい物があるの」
『そうなのかい? じゃあ少し大きめのバッグを持って行かないとね』
「えぇ、よろしくね」

 通話の切れたスマホを見つめ、ほっと息を吐く。
 コナンくんには――一応知らせてから行くべきだろうか。いや、平日は普通に学校に行っているだろうし、下手に接触して他の子どもを巻き込みたくない。
 少し考えて、気乗りしないまま外に出る準備をした。夕食もその辺で軽く食べてこよう。
 電話をするのは怖かったので、特に連絡せず工藤邸に向かった。インターフォンを鳴らすと、沖矢さんが出迎えてくれる。
 すぐに家の中に入れてくれて、変声器の電源を切ると"何かあったのか"と問いかけてきた。

「降谷さんと同じ所属の人から連絡があったの。藤波さん――わたしの預け物を傷つけたと思われる人物よ。今夜八時に、いつも連絡をするときに使っているバーで待ち合わせをしたわ。変に断ると、怪しまれるし……。コナンくんから頼まれていたことも終わったから、データも預けてしまおうかと思って」
「あのデータは持っていると知れるとかなり危険な代物だからな。それが正解だろう」
「……何か、気をつけておいた方がいいことはある?」

 赤井さんは左手で口元を覆い、宙に視線を巡らせて少し考える様子を見せた。

「俺やボウヤのような協力者の存在は隠しておくこと。君にできることは少ない、そう認識してもらえているのならマークされずに済む。たとえば警察庁や警視庁のデータベースへのハッキング、とかな」
「……捕まらないでよ」
「心配要らんさ。一度"降谷零"という男について調べるためにアクセスしている。今回も油断せずに行くさ」
「そう……」

 いつものニヒルな笑みを浮かべてしゃあしゃあと言う姿に、心配より先に呆れが出てしまった。

「必要ならついて行くが」
「大丈夫よ。お隣の盗聴で忙しいんでしょ」
「人聞きの悪い言い方はやめてくれないか」
「事実でしょうに。……そういえば、この間連れて行ってくれたイタリアンのお店って夜もやってるの?」

 最初に協力したときに赤井さんに教えてもらった、駅向こうのお店だ。

「ん? ……あぁ、ディナーも楽しめる店だったと思うが。これから行くのか?」

 わたしの格好をよく見れば、ちょっと近所に出かけるという程度の身支度でないことはわかったのだろう。
 素直に頷いた。

「作るの面倒だし、せっかく外に出てきたから」
「……お隣を誘って一緒に行こうか。姫が君に会いたいと博士に零していた」

 赤井さんは阿笠邸の方を親指で差し、ふっと笑った。

「あら、名案ね。哀ちゃんの警護もできるし、ご機嫌も取れるし、一石二鳥?」
「君の警護もできると考えれば一石三鳥だな。少し待っていてくれ、財布を取ってくる」

 変声器の電源を入れて沖矢さんに変わりつつ、リビングに引っ込んでいく背を見送る。
 戻ってきた沖矢さんと連れ立って隣の阿笠邸に行き、博士と学校から帰ってきていた哀ちゃんを食事に行かないかと誘った。
 哀ちゃんは二つ返事で了承してくれ、博士もそれならと頷いてくれた。
 近くにコインパーキングがあるからと博士が車を出してくれることになり、黄色いビートルに乗せてもらった。
 夕食にはまだ少し早い時間だったから、お店は空いている。隣に座る哀ちゃんと一緒にメニューを眺めながら、前回はパスタを食べたから、今回はピザにしようかと思案した。

「……ピザもいろいろ気になるのがあるわね」
「千歳さんはどれが気になってるの? 私はこれ」
「それ、美味しそうよね。……これも気になるんだけれど」
「適当に頼んで食べたらどうです? 食べきれなければ僕が引き受けますから」
「ワシも食べられるぞい!」
「博士はダメ。食べ過ぎ禁止よ」
「哀君……」

 冷たく言い放った哀ちゃんに、食事制限を免れられると喜びを見せていた博士はしょんぼりと肩を落とした。
 哀ちゃんと一緒に気になるものを決めて、沖矢さんの言葉に甘えることにした。
 後でバーでガトーショコラを頼むことは確実なので、デザートはお預け。パンナコッタはとても美味しかったので、哀ちゃんに勧めた。

[BACK/MENU/NEXT]
[しおり]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -