171

 工藤邸に入ったのは、わたしのことを調べる二人の追及を封じるために訪れた時以来だろうか。
 リビングのソファに落ち着くと、赤井さんはコナンくんからわたしが持たせた封筒を当たり前のように受け取って目を通し始めた。
 落ち着かない心地で書類を持つ赤井さんの節くれ立った手をなんとなく眺めて、読み終えるのを待つ。

「ふむ、情報に相違はないな」

 書類をテーブルに置くと、赤井さんはゆったりと長い脚を組んだ。

「自己完結しないでってば。どういうことなの? 赤井さんには用心棒なんて引き受ける理由はないでしょう。わたしの身の安全を確保したいのなら、それこそ無理矢理にでもドイツなりアメリカなりに連れていけるじゃない。……大体、わたしはあなたに守ってほしいなんて頼んでないわ」

 赤井さんは口角を片方だけ上げて、愉快そうに目を細める。

「可愛げのないところは相変わらずだな。強がりだと思えば可愛いものだが。そうだろう、子猫ちゃん」
「顔に似合わないこと言ってないで、本題に入ってくれる? 世間話がしたいのなら、どうぞお隣に差し入れでもしに行って。わたしは帰るから」

 阿笠邸の方を指差して言い捨てると、赤井さんは肩を竦めた。

「まぁ待て、そうやって毛を逆立てているとますます子猫のようだぞ。力の差がわからんほど愚かでもないだろう。勿論、君に危害を加える気など微塵もないが。……安室君の影響か? 君はどうも俺に対しては甘えてくれないようだ」
「甘える理由がないじゃない」

 すっぱり斬り捨てると、赤井さんは"ふむ"と何か納得したようだった。
 赤井さんの隣にちょこんと座っているコナンくんは、苦笑いを浮かべながらも事の成り行きを見守ることに徹している。
 コナンくんに意識が向いたことで、少しだけ冷静になれた。
 目を伏せて深い溜め息をつき、気を落ち着ける。

「……それで? わたしに何か用事なの?」
「君がまだ死んでも構わないと思っているようなら、作戦からは外そうとボウヤと相談していた」
「な……っ、コナンくん!?」

 驚いてコナンくんの名前を叫ぶように呼ぶと、コナンくんは体の前に両手を出して手のひらを見せた。

「ご、ごめんね千歳さん。でも、投げやりになってる千歳さんを死ぬかもしれない状況に追いやったら、灰原が悲しむからさ」
「……哀ちゃんの名前を出せばわたしが黙ると思ってるでしょ」
「えへへ、当たり」

 へらりと笑うコナンくんに、怒る気も削がれてしまう。
 危うく情報だけ抜き取られて何一つ関与しないまま終わるところだった。

「はぁ……。いつから噛んでたの」
「最初からだよ。千歳さんに動きがあったら、千歳さんの家で話を聞いて、赤井さんがそれを盗聴する手筈だったんだ。千歳さんは、灰原を守る赤井さんの邪魔をしたがらない。だからボクに頼るはず……当たってたでしょ?」

 完全にしてやられた。
 額を押さえて、また溜め息をついてしまう。
 それでも、不思議と不快感はなかった。

「……本当に敵わないわね、あなたには」
「赤井さんの話、聞いてくれる気になった?」
「別に聞かないつもりはなかったわよ。子猫呼ばわりが気にくわなかっただけ」
「あはは……」

 丸めていた背を伸ばし、赤井さんの顔を見て話を促すと、モスグリーンの瞳と視線が合った。
 テーブルの上では、赤井さんの指が資料を差している。

「組織が目的としている薬物を取引する、このグループ。奴らを調べるために、君にFBIとして協力を要請したい」

 イタリア人が、ロシア語とギリシャ語を交えて話す。おそらく英語も話せるだろうけれど、それは仲間内ではけして使わないだろう。
 少ない捜査官で近づくには、少し無理がある。けれど、わたしはイタリア語、ロシア語、ギリシャ語、ついでに英語も理解できる。ターゲットが使用するであろう言語を、すべて理解できるのだ。だから警護をつけなければならないことを考えても、投入する人数は最低二人で済む。

「……全面的にFBIの利益を優先して動くことはできないわよ」
「俺のボスにその話は通してある」
「国内での捜査許可は?」
「取った。どうやら本国の上層部に対してクラウセヴィッツ氏から働きかけがあったようだ。奴らには本国でも手を焼いていてな、情報も流れてきたし、ここで捕まえられるのならとすぐに動いてくれたよ」

 どうやらドイツ人であるのにも関わらずアメリカとは仲良くやっているらしい。
 世界中に輸送ルートを持っているのだから、そうでないと困るというのもあるだろうけれど。
 先ほどの赤井さんの"情報に相違はない"という言葉は、エドがFBIとわたしに同じ情報を渡したのか確認してのものだったのだろう。

「……エドったら、随分なやり手なのね。想像以上に」
「知らなかったのか?」
「エドはわたしの前では紳士よ。長いこと付き纏われてきたトラウトに対してだけは苛立ちも見せていたけれど」
「なるほど。君は今回の件でクラウセヴィッツ氏の闇に近い部分を知ってしまったというわけか」
「そういうことになるわね。……まぁ、自衛のためみたいだし良いんじゃない。情報は矛にも盾にもなるわ」
「まったくその通りだ」

 事情はわかった。あとは、具体的にどう協力するかだ。
 膝の上で両手を組んだ。

「いいのね? コナンくんにした話を聞いていたのなら、わたしが組織に薬物が渡るように動くことも、公安警察に多少なりとも得るものがある結果にしたいことも理解しているはず。どうするかを考えるのはコナンくんだけれど……わたしはそれを譲らない」
「それは承知しているさ。こちらも何名か捕まえられればいい。安室君に関しても……奴らに噛みつくための足掛かりは、少しでも多い方がいいだろう?」
「そうね。……やるからには、徹底的に協力してもらうわよ」
「あぁ、君が怪しい動きをすれば、同行した捜査官も疑われる。その役目は俺が引き受けるつもりでいるから、心配要らんさ」

 話がすんなりと通る。
 ここまでスムーズに進むと、かえって疑いたくなってしまう。

「どうしてそうまでして守ってくれるの?」

 赤井さんはそんなことを問われるのは心外だと言わんばかりに、目を瞬かせた。

「君は聞いただろう? "千歳が望む限りにおいて、千歳を守る"という俺の言葉を」
「……だいぶニュアンスが違った気がするけれど」
「さて、どうだったかな」

 はぐらかされてしまった。
 溜め息をついて、コナンくんを見遣る。視線に気がついたコナンくんは、人差し指を立てた右手を顔の高さに上げた。

「目的は三つ。組織に薬物が渡るように、できればバーボンの手助けをするかたちで行動する。公安警察とFBI、それぞれがターゲットのメンバーを逮捕できるように立ち回る。千歳さんに対する、組織と警察の両方からの処遇を少しでも改善する。その間、ボクは千歳さんに知恵を貸すし、赤井さんは千歳さんを守る。これで納得してもらえる?」

 指を一本ずつ立てて、三つの目的を口にした後、コナンくんはわたしの顔をじっと見てきた。
 あくまでわたしに決定権を握らせようとしてくる。多少なりとも作戦にわたしの機嫌の良し悪しが絡むのだろうか。

「えぇ、合っているわ。でもねコナンくん、そんな風にわたしにお伺いを立てるような真似しなくていいのよ?」
「……うん、そうだね、……あはは」

 ついと視線を逸らされて、首を傾げる。
 赤井さんはいつもと変わらない様子だけれど、妙にコナンくんがよそよそしい。
 キャップとマスク、それからパーカーのフードで目以外を隠した赤井さんは、そんなコナンくんの様子もお構いなしに席を立って"家まで送ろう"と言った。
 妙な態度の理由は、作戦の内容を聞けばわかるだろうか。わたしを織り込むことを考えて作戦を練り直すのなら、時間も要る。
 連絡を待っていて欲しいというコナンくんの言葉に頷いて、リビングを出ていく赤井さんの背を追った。

[BACK/MENU/NEXT]
[しおり]

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -