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 部屋に着くなり、コナンくんは盗聴器のチェックをしてくれた。
 仕事部屋に通して、コーヒーを出す。結局持ち帰ってくることになった封筒から書類を出して、中身を見てもらった。
 書類に目を通した後、コナンくんは向かいに座って紅茶を飲むわたしの顔を見上げる。

「他に何か……変わったことは?」

 コナンくんに助力を求める以上、隠し事をする気はなかった。

「ベルモットに会った」
「!!」

 コナンくんは目を見開いて、"何もされなかったか"と心配の声を上げる。
 皆この反応するなぁ。
 ぼんやり思いながら、ソファの背凭れに寄りかかった。

「……バーボンが、わたしを使えば楽に終わる仕事を自分一人で済ませようとしてるって教えてもらったの。ロシア語とギリシャ語を猛勉強中みたい」
「最近会わないと思ったら、そういうことだったんだね。……でも、ロシア語とギリシャ語って……」

 コナンくんが手元の資料に視線を落とす。
 さすが、察しがいい。

「そう。その資料に書かれている取引で売り渡される薬物が組織の目的。ルートを選べば金額なんていくらでも吊り上げられるんですって」
「……千歳さんは、これを調べてどうするつもりなの?」
「降谷さんを、助けたい」

 助ける、なんて烏滸がましいかもしれないけれど。
 わたしを気遣ったせいで降谷さんがジンに怪しまれるだなんてこと、あってはならない。
 普段通りに笑んで、コナンくんの目をまっすぐに見た。

「コナンくん、知恵を貸してくれないかしら。ベルモットと、公安刑事の手は借りられる。組織は薬さえ手に入れば文句はないみたいだから、公安に犯人を捕まえてもらえば丸く収まるわ」
「……それは、いいよ。ボクも安室さんを助けるのには賛成だから。でも、その公安刑事は本当に信じられるの?」

 戸惑ったような表情だ。
 本当に心配はないのだと伝えたくて、深く頷いた。

「えぇ、信じられる。"降谷さんに潜入捜査を続けてもらいたいから力を貸してくれ"って、向こうから言ってきたんだもの」
「そうじゃなくて……! 身分証のことは!?」

 コナンくんはもどかしそうに問いを重ねた。
 警察にわたしを守る気があるのか、判断できないのだろう。

「……その刑事さんは、ずっと預かってくれていたわ。切り刻まれた後の物すらね。昨日、降谷さんに返してもらった物と一緒に処分してもらったのよ。あれは……わたしがここに残ることを決めた以上、あってはならないものだから」
「千歳さん。まだ……何か、気になっていることがあるよね」

 視線が合って、まっすぐに射抜かれる。
 見た目は幼いというのに、視線の強さは逸らすことすら許してくれないほどだ。
 手を握り締めると、"話して"と少し強い口調で促された。

「……わたしの定期券と時刻表を隠して、保険証とカード類を切り刻んだ人物は……、そんなことをする人じゃない。降谷さんも、わたしが信頼している刑事さんも……そう感じているみたいだったの」
「千歳さんに対する裏切りは、不可解過ぎるってこと?」
「えぇ。その刑事さん曰く、"わたしにとって最も大切なものを傷つけるという行為は、公安に恨みを抱かせ要注意人物を増やす結果になる"、公安としてはあるまじき行為だった。でも、降谷さんのスマホにウイルスを送り込んで無差別にデータを壊すのではなく、わたしのことを知る人物がほとんどいない状況で、犯人を推定しやすい方法で……定期券と時刻表の画像データだけを削除した」
「……"千歳さんのことでだけは、相容れない"って言いたげだね」
「そう。でも彼は、わたしに危害を加えるような人じゃない。……不本意で、何かを伝えたくてやったんじゃないか、って……そう思えてならない」

 できることなら、その謎も解明したい。
 もしもこの一連の不可解な作業がわたしを守るためのものだったのなら。何も知らずに、降谷さんだけでなく藤波さんまで傷つける結果になってしまうとしたら。
 知らないままで終わることができるとしても、わたしはそれじゃあ納得できない。

「じゃあさ、それも解決しようよ!」

 いっそ無邪気にすら聞こえる声色で、コナンくんがテーブルに身を乗り出しながら無茶な提案をしてきた。
 降谷さんの身の安全も、わたしの処遇に関する問題も、全部解決できたら、なんて。
 コナンくんが考えていた以上のわがままを、通すことなんてできるだろうか。

「でも……」
「安室さんを助けるのは、ボクも組織を追っているから。それでいいでしょ? 千歳さんのことは、博士の代わりの支払いってことで納得してくれないかな」
「支払いって……あの時の?」

 初めて会った日、哀ちゃんの代わりに通訳をした。こちらの一方的な押しつけだったからと、誰にも内緒で特に報酬の請求もせずにいた。
 その時のことを、言っているのだろうか。
 コナンくんは不敵に笑って深く頷く。

「"心苦しいっていうなら、わたしが困ってる時にでも助けてちょうだい"。……千歳さんの言葉だよ。ストーカーに対処したときのお礼はしてもらったから、あれで帳消し。だから今回のことで、あの時の話も帳消しにする。納得いかない?」

 首を横に振ると、コナンくんはほっとしたような顔をした。

「本当に……助けてくれるの?」
「もちろん! でも今回は、千歳さんにも行動してもらうよ。犯人グループの溜まり場になっているバーもそうだけど、子供のボクじゃ行けないところもありそうだからさ!」
「えぇ、それは当然だわ。コナンくんは危ないことはしなくていい。わたしを動かしてくれれば、それで……」

 赤井さんほどてきぱきと動けないかもしれない。それでも、コナンくんはわたしにできることを見誤ったりはしないだろう。

「……ありがとう。コナンくんの力が借りられるなら、心強いわ」
「その言葉は解決したら受け取るよ。……千歳さん、持っているカードを全部明かしてくれる?」
「わかったわ。……コーヒーを淹れ直しましょう、冷めちゃったわね」
「うん、ありがとう」

 資料を手に質問を考え始めるコナンくんをそのままに、冷めきったコーヒーと紅茶が入ったカップを手に取って立ち上がった。

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