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 風見に身分証を処分してもらった翌日、十時ちょうどにエドの遣いだという人が来て、エントランスで茶封筒を渡してくれた。
 次の予定があると言って足早に去っていく背を見送り、部屋に戻って中身を確認する。エドに封筒が届いたことをメールで伝えた。

 ――件の薬物の売人のグループは、わたしが赤井さんに協力を要請されて関わったマフィアの構成員の子どもたちが立ち上げたもの。マフィアより見境なく、若いが故に苛烈。短期間だけれど軍隊に所属していた人物もいて、薬物使用で除隊されている。各地で薬物を売って回り、そのお金で武器を購入して薬物を奪い、それを更に売ってお金にする。そういった手口でどんどんと攻撃的になっている、過激なグループだ。
 現在は日本に滞在していて、日時も方法も不明だけれど、日本のある反社会的組織と薬物の取引を予定していることはわかっている。
 夜の溜まり場としているバーも判明している。

 このバーに行って、情報収集をするのが一番の近道だろうか。
 わたしが考えても仕方がない。ドイツ語で書かれた資料をすべて日本語に訳して、コナンくんに見せられる状態にした。
 車に乗って帝丹小学校の近くの公園に行き、駐車場に車を停めた。
 自動販売機で飲み物を買って、ベンチに座って空を見上げる。下校時刻までは、まだ少し時間があった。
 ふと公園内を眺めた。ある家族が楽しく遊ぶ姿が目に留まる。
 父親が小さな女の子の脇を持って抱きかかえ、滑り台の途中に載せる。下では母親が待っていて、滑ってきた女の子を砂場に落ちないように受け止めていた。
 はしゃぐ娘の頭の上で顔を見合わせて、幸せそうに微笑む男女。
 どうしてこうも幸せそうな親子ばかり目について、妬ましい気持ちになってしまうのか。降谷さんが守りたいのは、彼らが暮らす国の平穏だというのに。
 見ていられなくて、ベンチを立って公園を離れた。
 小学校のチャイムの音が聞こえる範囲をぶらついていると、煙草屋さんが目についた。
 単なる気まぐれで入ってみると、上品な口髭を蓄えたおじいさんに迎え入れられた。

「おや、珍しいお客さんだね」
「……どうも」

 輸入煙草を取り扱っているお店らしい。
 知っている銘柄もあるけれど、ほとんどは初めて見る箱だ。
 興味深く思って見ていると、"お嬢さん"と声をかけられた。

「あまり煙草を嗜むようには見えないが……」
「そういうの、わかるものなのね。吸い方を少し前に教わったぐらいで、ライターの使い方も碌に知らないのよ」
「おや、では今になって興味が湧いたと?」
「……そんなところ」

 冷やかしだとはとても言えず、赤井さんが吸っていた物でも購入して押しつけようかと考える。荷物持ちのお礼という建前もある。

「前に吸ったのはどんなだったか、覚えているかい?」

 レジに近づきながら、店の奥の棚を指差す。

「あれよ。あの棚の上から二段目、右から四番目の……」
「ふむ、初心者向きではないねぇ」
「そうなのよ。意地悪されたの」

 おじいさんは声を抑えて笑い、"これはどうだい"と一本の煙草を取り出した。

「紅茶が好きなら、吸いやすいと思うがね」

 白くて細長い煙草だ。吸ってみるように勧められて、断りきれずに受け取る。
 咥えると、ほんのりした紅茶の香りが鼻腔を通り抜けた。
 ライターの火を近づけられて、少しだけ吸い込んだ。思いの外あっさりと火がつき、煙を肺まで吸い込んでから静かに吐き出す。

「……確かに、吸いやすいわ」

 辛味に似た苦味もない。
 フレーバーシガレットらしく、紅茶の風味すら感じられる。
 重度のヘビースモーカーが嗜むようなものはわたしには早かったのだと思い知らされた。

「それはアークロイヤル・パラダイスティー・スリムといってね。ニコチンもタールもオリジナルより少ないし、燃焼が早いから短時間で吸い終わる。君のようなお嬢さんが口寂しさを誤魔化すのなら、それをお勧めするよ。尤も、数を吸えばオリジナルともそう変わらないがね」
「……口寂しさ、ねぇ」

 言われてみれば、寂しさを誤魔化すものが欲しくて煙草屋なんてものが目についたのかもしれない。

「ライターはそうだなぁ、手軽に扱えるのはこれかな」

 出されたのは、濃いピンクをベースに、底と着火用のパーツに金色が使われている上品なデザインのライターだ。

「……何でも出てくるのね。しかもわたし好みの物が」
「好みに合っていたかい、それは良かった。最初は少し値が張るが、中々長く使える良い日本製の品物だよ。妻の勧めで仕入れたんだ」

 灰皿を差し出され、吸い終わりかけている煙草を押しつけた。
 この煙草の味も気に入ってしまったし、ライターも可愛いし。冷やかしで入ったお店で、ここまですんなり物を買う気分にさせられるとは。

「商売上手ねぇ、おじいさん。この煙草を一箱と、わたしがさっき初めて吸ったって言った煙草をカートンで。それとそのライター。カード払いでお願いできる?」
「お褒めに与り光栄だ。カートンの方はプレゼントかね?」
「昨日重い買い物の荷物持ちをしてもらったの」
「なるほど。少し待っておいで」

 おじいさんはプレゼント用だと伝えた方の煙草に丁寧なラッピングをしてくれた。
 紙袋にまとめて入れてもらって、それを抱えて店を出る。
 小学校のチャイムの音を聞きながら車に戻って荷物を置くと、ちょうど下校する小学生たちが公園の近くを通る時間だった。
 さて、コナンくんには会えるだろうか。
 車に寄りかかってスマホを手に持ちながら待っていると、少年探偵団の子どもたちが通る。
 そこに交じっていたコナンくんと目が合ったので、すぐに視線を逸らして車に乗り込んだ。
 予め細く開けていた窓から、コナンくんが少年探偵団の皆にサッカーができないことを謝る声が聞こえる。どうやら"話がしたい"という意図は上手く伝わったようだった。
 意図が伝わらなくても、不審なわたしの動きを気にして追ってきてくれただろうけれど。
 助手席に乗り込んできたコナンくんに、盗聴器の類が仕掛けられていないかチェックしてもらう。
 ランドセルを膝の上に抱えて載せたコナンくんは、顔をこちらに向けた。

「何かあったんだね? 千歳さん」

 まっすぐに見つめられ、深く頷く。
 コナンくんは小さな体にそぐわない大人びた顔で、"千歳さんの家に行こう"と言いシートベルトを締めた。

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