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 スーパーでは沖矢さんが重たいものを"これは要りませんか"、"あれも買っておいたらどうです"と勧めてくれたので、その言葉に甘えて買わせてもらった。
 片手でひょいと持ち上げてしまうあたり、本当に何でもないことなのだろう。
 マンションまで送ってもらい、荷物も部屋に入れてもらった。何かあれば連絡をするようにと言い含めるのに返事をして、玄関から出ていくのを見送る。
 もらった服と買い込んだ食材をしまい終えて一息ついていると、インターフォンが鳴らされた。
 風見だろうなと見当をつけ、モニターをつける。案の定、少しお洒落なカラースーツに身を包んだ風見が立っていた。

『原稿を受け取りに来ました』

 約束通りの言葉だったので、エントランスのドアを開ける。ドアが閉まるのを見届けてから、モニターの電源を切った。
 部屋にやってきた風見をダイニングチェアに座らせて、ずっと鞄の奥に忍ばせていた運転免許証と元の世界で購入したスマホをテーブルの上に置いた。

「そういえばゴールドカードか、優良運転者だったんだな。……ん? お前、こちらでの表示義務はどうした」

 流石風見、鋭い。
 こちらでは免許を取得してから一年どころか半年も経っていない。本来なら、いわゆる若葉マークをつけなければならなかった。
 しかし、"前々からこういう生活でしたよ"と振る舞っている今、事情を知っている降谷さんやコナンくんたちはともかくとして、その他の人の目に変に映るものをつけたくないという理由もあった。免許を取得したときは単に顔写真付きの身分証明書が欲しかっただけで車なんて買う予定もなく、教習所でもらった若葉マークも処分していたのだ。買う機会もなんとなく逃し、降谷さんに特に何か言われることもなく、すっかり忘れてつけないまま運転していた。
 苦い顔をする風見の顔から目を逸らし、顔の前で両手を合わせる。

「……聞かなかったことにして」
「理由はわからなくもないがな……。今更"運転に自信がない"も通用しない。……違反して捕まらないようにな」

 風見は深い溜め息を吐き出して、目を瞑ってくれた。
 それから持ってきていた鞄に手を突っ込んで、巾着袋を取り出した。

「これが預かっていたものだ」

 袋がひっくり返されて、中から切り刻まれた保険証とカード類が流れ出てきた。
 何とはなしにパズルのように組み合わせてみる。
 私物を切り刻まれたとなると、少しばかり嫌な気持ちになる。

「……いじめみたい」

 風見は顔を俯けて、申し訳なさそうな顔をした。

「その件は本当に……申し訳ない」
「別に謝らなくていいよ。風見が手を出せる範囲外の話だったんでしょ。……これを見つけてくれたのは、風見なの?」
「あぁ、降谷さんからそれがなくなったと聞いて、大慌てで探した。……結局、その状態で元の場所に戻されていたんだがな」
「いいよ、こんな状態でも預かってくれただけ……大事な物だって、わかってくれてたってことだから。どのみち、もう処分するんだし」

 運転免許証、健康保険証、キャッシュカードとクレジットカードが数枚ずつ。定期券と時刻表以外、ここにない物はない。

「……本当に、いいんだな」

 風見が最後の確認のために、目を見て問いかけてきた。
 メールを見て帰る方法を知ってからのことをすべて話して、もういいのだと伝えた。
 後生大事にしてきた元の世界との繋がりだと思っていた物は、何の関係もない、ただのわたしの持ち物だった。
 わたしは降谷さんのために動くことを選んで、故郷も家族も手放した。
 元の世界で生きた痕跡は、今となってはあってはならない物になってしまった。
 ――もう、残さなければならない物は何もない。

「うん。わたしはずっと……ここにいるから」

 風見はシンクの上に持ってきたステンレスバットを置いて、ひとつひとつ、丁寧に火をつけて燃やしていった。
 カードに埋め込まれた金属は残ったけれど、スマホのSIMカードと一緒にそれも細かく切り刻んで、ひとつに纏められた。
 スマホに入れていたマイクロSDカードも、スマホ本体もばらして壊してもらった。
 カウンターに頬杖をついたわたしがじっと手元を見ていたので、風見はやりにくそうにしていたけれど何も言わなかった。
 焦げたプラスチックと、パズルにすらできないほどに刻んだチップ。
 元の世界との繋がりになるかもしれなかった物であり、わたしと降谷さんの繋がりだった。

「……風見。最近、降谷さんがどうしてるか知ってる?」

 処分した物を袋に入れる手が、ぴたりと止まった。

「珍しいな、お前がそういったことを気にするなんて」
「答えられるわけないよね。……わたしに防犯カメラのデータのこと聞かれた後、降谷さんに怒られなかった?」
「何故それを知っているんだ……」

 風見は苦々しげな顔をして、再び手を動かし始めた。

「わたしが"降谷さん"って呼ぶことに、違和感も持ってない。しばらくわたしの警護をしてくれていたのも風見だった。……降谷さんの判断を、風見は知っているんでしょう?」
「……あぁ」

 特徴的な眉を寄せ、眉間に深いシワを刻みながら、風見は絞り出すような声で肯定した。

「質問を変えるわ。バーボンが、最近どうしているか知っている?」
「答えられない」

 やっぱり口が堅い。
 降谷さんもそうだけれど、口を滑らせるのを待つのは難しそうだ。

「……ベルモットに会ったわ」
「!!」

 端的に告げると、風見は持ち上げたステンレスバットを取り落として、唖然とした顔でわたしを見た。

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