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 銀座のショッピングモールに着くと、ベルモットはわたしの手を引いて目をつけたブランドショップに入った。
 服を手に取って、自分に合わせるのかと思いきや、わたしの肩に合わせてくる。

≪アナタは私達のことをバーボンから聞いている。これは間違いないわね?≫

 英語で話され、通行人を気にしてのことかと納得する。
 どの程度意味があるかはわからないけれど。

≪えぇ、名前と特徴ぐらいは聞いているわ。ジンとウォッカには会った≫
≪そう。バーボンの新しい仕事については?≫

 新しい仕事。いつからのものだろう。
 ちらほら呼び出されていることは教えてもらっていたけれど、一体、いつの。
 わたしが知る中で最近のものといえば、帰る二日前。
 内容については、さっぱりわからない。
 少し考えたけれど、やっぱりわからなくて首を横に振った。

≪……何も。わたしは彼に必要だって言われた情報を、持っていたら渡しているぐらいだから≫
≪それが賢明ね。でも、今回ばかりはそうもいかない。今バーボンが取り掛かっている仕事は、アナタの手を借りればすぐに終わるものなのよ≫
≪どういうこと?≫
≪バーボンは今になってロシア語とギリシャ語を勉強し始めたの。でもキティ、アナタはそのどちらも話せるわよね。おかしなバーボン。手っ取り早く仕事を済ませる手段を持っているのに、それを使わないだなんて。スマートじゃないわ≫

 ベルモットが口にした二つの言語に、思い当たる節があった。
 帰る前にエドからもらった電話で、"ロシア語とギリシャ語を使う麻薬の売人がいても関わるな"と言われた。

≪……目的は、取引される薬物?≫
≪フフ、勘が鋭い子は好きよ。何か知ってるのね≫
≪……あとで電話をしてみるわ。情報を手に入れられるかもしれない。……それで?≫

 組織の目的はわかった。でもベルモットの目的はわからない。
 続きを促して口を閉ざすと、つまらなそうに眉を寄せられた。
 ベルモットはわたしに当てていた服を戻して、次を当てがってくる。わたしの返しに対する不機嫌な反応なのか、服がしっくりこなかったがゆえの反応なのか、判断はつかなかった。

≪ジンはバーボンがアナタを取り逃したんじゃないかって疑ってるのよ。でもその件を預かって調べてみれば、アナタは呑気に拠点も変えず生活していることがわかる。バーボンが意図的にアナタに接触していないんじゃないかって推測できるわ≫
≪なるほど≫
≪今回関わる相手はとっても危険。この件に関してバーボンはアナタを関わらせたがらない。――女の勘がはたらいたのよ。バーボンはアナタに本気で熱を上げている、って≫

 サングラスの奥の目を細めて唇で三日月をかたちづくり、蠱惑的に微笑まれる。
 至近距離で見る美人の微笑みには、同性だとわかっていてもどぎまぎしてしまう。
 ベルモットはからかいを含んだ笑い声をころころと零したあと、持っていた服を腕にかけた。

≪ねぇキティ、アナタもそうでしょう?≫
≪さぁ、どうかしら。それを確認して、あなたはどうしたいの?≫

 ――たしか、ベルモットにはバーボンに死なれると困る理由がある。
 わたしを取り逃したとすれば、それはバーボンのミス。ミスをすれば殺される。バーボンが殺されれば、ベルモットの秘密は秘密でなくなってしまう。
 でも、足元を見るような真似は下策。今のところ、ベルモットはわたしを庇護しようとしている。機嫌さえ損ねなければ、ジンのように即射殺なんてことにはならないはずだ。

≪もしかしたらわたしは逃げる手筈を整えているのかもしれないわ。あなたの言うとおり、バーボンが好きで離れないのかもしれない。バーボンと一緒に何か企んでいるのかもしれない。……リスクを冒してまで、わたしに何をさせたいの≫

 問いかけると、ベルモットはくすりと笑った。

≪バーボンにはまだ返してもらっていない貸しがあるのよ。死なれたら返させることができない。それじゃあ私が困るのよ≫
≪……それで≫
≪彼の手助けをして欲しいの。私も協力するわ。取引される薬物さえ横取りできれば、それ以外のことは何も求めない≫

 ベルモットに嘘をつくのは自殺行為。今この場で取り繕ったところで、バーボンの手助けのために動けば手を出してくるはずだ。それが裏目に出るのは避けたい。
 それなら、利用するぐらいの心持ちでいた方がいいのかもしれない。

≪……あなたはバーボンに死なれると少し困る。わたしはバーボンを死なせたくない。目的は合致しているわね≫

 ベルモットが笑みを深めた。
 情報を得たら、コナンくんに相談して、何か策を考えてもらわないといけない。

≪お願いがあるの≫
≪何かしら≫
≪バーボンを助ける過程で、警察に接触するかもしれない。それは見逃してほしい≫
≪えぇ、もちろん。アナタが繋がりを持っていることは知っているもの≫

 それから、降谷さんには伝わらないようにしないといけない。
 少なくとも彼では手を引かせることもできなくなるところにいくまでは。

≪バーボンには内緒にして。バレるときはバレるでしょうけれど、それまでは≫
≪言えば手を引かせようと躍起になるはずだものね。いいわ≫

 怖いのは、誰かが良かれと思ってやることが裏目に出る場合だ。
 だったら、自発的に動くことのないようにしなければならない。

≪こちらからお願いしたこと以外、何もしないで≫
≪わかったわ。私はサポートに徹する、これでいいわね≫

 あまりの聞き分けの良さに、ベルモットの顔をまじまじと見てしまった。
 ベルモットはくすくすと笑いながら、レジに向かう。

≪アナタのお願いは合理的よ。私たちに背後から撃たれないように、バーボンの邪魔が入らないように、そして計画外のことが起こるのを防げるように、保険をかけているだけのこと。頷かない理由はないわ≫

 信じていいのか、いまいちわからない。
 妖しく微笑むベルモットは会計を終えると、ショップの紙袋をわたしに持たせてきた。

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