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改札で切符を失くしてしまったと伝えて、適当な駅からの運賃を支払った。
近くにあった時計を見ると、午後2時51分を少し過ぎている。コナンくんたちの推測通りだとわかって、ほっと息を吐いた。
元々持っていたスマホは契約が切れているのか回線を拾えないので、コンビニで充電器を買ってから無料のWi-Fiスポットがあるコーヒーショップに入った。
ネットカフェは滞在して情報収集をするのに最適だけれど、探されているかもしれない今は目をつけられやすい場所だから、避けるように。コナンくんがメールで送ってくれたアドバイスを頭の中で反芻しながら、カフェラテを注文して外から見えにくい席に座った。
Wi-Fiの設定をして、ブラウザアプリを開く。今日の日付を確認してみると、3月4日だった。明日明後日を家族の状態の確認に費やして、その次の日にはもう日暮里駅周辺にいるしかない。
それからネットニュースの中で失踪に関わるものがないかを、9月7日から順に探すことにした。
ヒットしたのは水曜日のニュース。向こうに行ってしまった日は金曜日で、土日は休みで誰かと会う約束もしていなかったため、いなくなったことにも気づかれていなかった。至極当然の話だ。
名前とともに行方不明になったことがしっかりニュースになっていたので、自分の名前と"行方不明"というキーワードでそのニュースサイトの検索をかける。
日暮里駅で電車に乗った姿がカメラに映っていたのを最後に、消息が途絶えたOL。しばらくはそんな奇怪な事件として取り上げられていたようだけれど、ひと月もすればそのニュースは見つからなくなっていった。
生死不明のまま、きっと今も探されている。溜め息をついて、コーヒーショップを出た。
駅前でタクシーを捕まえて、自宅の最寄り駅に向かった。
料金を支払って車を降り、もう朧げになってしまった記憶を頼りに自宅のアパートへ向かう。
表の集合ポストにつけていた"穂純"という名前は別のものになっていて、とうに引き払われたのだと理解した。きっともう換えられてしまっているだろうけれど、鍵は大家さんの居宅のポストに入れて返しておいた。
実家までは、高速バスに乗って帰るような距離。もう移動した方がいいだろう。また駅前でタクシーを捕まえて、新宿まで乗せてもらった。
高速バスの切符を買って、夜通し走るバスに揺られながら実家に一番近い停留所に向かった。
停留所は大きな駅のそばにある。駅前まで歩いてから、見つけたファミレスに入ってモーニングセットを食べた。バスに揺られて体は痛むし、シャワーも浴びられていない。真夏でなくて良かったと思う。
実家から駅は遠い。けれど、まさか自宅前に停めてもらうわけにもいかない。駅前で捕まえたタクシーで実家近くのスーパーに行って、キャリーバッグを転がしながら実家のある住宅街まで歩いた。さて、両親の様子をどうやって探ろうか。
近くにホテルでもあれば部屋を取って見ることもできたのかもしれない。けれど実家があるのは閑静な住宅街のど真ん中。付近の目立つ施設はスーパーという具合だ。
一年ぶりに歩く実家の近くを眺めながら歩き回った。
「千歳?」
不意に名前を呼ばれて、足が止まった。
あ、しまった、呼び止められたなんて思っちゃいけなかった。
そう考えたときにはもう遅く、わたしの名前を呼んだ人物はスーパーの袋もバッグも放り出して駆け寄ってきていた。
「千歳……千歳!」
わたしの腕を掴み、目に涙を浮かべて縋りついてくる女性。紛れもなく、わたしの母親だった。――あぁ、こんな声だったのか、なんて遠くで考える。
呆然と見ていると、母はわたしを訝しげに見た。
「千歳、よね……?」
――何かひとつだけしか選べないのなら、わたしは零さんを選ぶ。
故郷も家族も、捨てることになるのだとしても。
眉を下げて、戸惑った笑みをつくった。
「……ごめんなさい。どなたかと、お間違えではないかしら」
母は少しの間唖然として、それから、自嘲気味に笑った。
「そうよね……ごめんなさい、とんだ人違いをしたもんだわ」
「いいえ。それで、その……千歳さん、というのは?」
「娘なの。つい最近、警察から死んだと聞かされて……だから、千歳のはずないのに」
どういうことだろう。
行方不明になってはいても、死亡したと断定されるような情報なんてないはずなのに。
母は放り出してしまった荷物を拾うと、こちらを振り向いた。
「それよりあなたは、こんなところでどうしたの? 旅行……なわけないわね」
この地域が観光するような場所でないことは、わたしもよく理解している。
深く聞かれない、こんな場所をうろつく理由。
「あ、えーと……恋人に、旅行に行く途中でフラれて放り出されてしまって。なんとかここまで歩いてきたんですけど、道に迷って、スマホの電池も切れてしまって……彷徨っていたところなんです」
苦笑いを浮かべてみせると、母は口を手で覆って驚愕の声を上げた。
それから、眉を吊り上げて我が事のように怒りを露わにした。
「最低な男がいたもんだわ! いいわ、家に上がっていきなさい!」
「ですが」
「人違いをして迷惑をかけたお詫びだから。それに、千歳にとっても似ているから……放っておけないわ」
本人であるとはとても言えずに、半ば強引に手を引かれるままついていった。
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