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 阿笠邸を出て少し歩くと、見慣れた白のRX-7が道端に停まっているのが見えた。
 車内にいた零さんと目が合って、助手席を親指で示される。
 素直に従って、助手席側のドアを開けて乗り込んだ。

「コナン君と何を話したんだ?」

 バレてもバレなくても同じ。
 あぁ、でも、零さんに"約束を守れない"と言わせなければならないのか。
 苦しく思いながらも、やっぱり嘘をつくなんて選択はできなかった。

「……向こうに帰って、戻ってくる方法を、教えてもらってた」

 口にした瞬間、零さんが息を呑んだのがはっきりとわかった。

「! 何か……わかったのか」

 感情を殺すような声。何を思っているのだろう。最初に零さんに言わなかったことを苦々しく思ってくれているのか、惜しく思ってくれているのか。はたまた、喜んでいるのか。
 問いには正直に頷くと、"家に行っていいか"と訊かれた。それにも頷いて、車がマンションに到着するまで、重苦しい沈黙が下りた空間で過ごした。
 部屋に着いて、いつも通りにチェックをしてもらい落ち着くと、零さんはソファに座ってぼんやり突っ立っていたわたしをじっと見た。
 鞄から古いスマホを出して、ロックを解除しながら隣に座り、メールを見せる。

「こっちに来てから、毎月来ていたみたいなの」
「これは……」

 スマホを受け取って文章を読んだ零さんは数分考えて、自分のスマホで何やら調べてから、わたしのスマホをテーブルの上にそっと置いた。
 コナンくんたちはわたしに合わせてゆっくり解いてくれていただけなのだと、ここにきてわかった。
 零さんが顔をこちらに向けて、嘘を許さないかのように、青い眼でまっすぐに射抜いてくる。

「明後日、午後2時51分に米花駅を発車する内回りの電車に乗れば、帰れるんだな?」
「……うん」
「その後、向こうで3月7日の午後5時24分に日暮里駅を発車する外回りの電車に乗れば、一度だけこちらに戻ってこられる」
「そうみたい」

 努めて冷静に答えて、零さんの反応を窺う。
 徐に手を握られた。零さんは反対の手で目元を覆い、感情を隠してしまう。

「……喜ばないんだな」

 何も答えることができずに、零さんの手を握り返す。
 だってもう、今更帰る方法がわかったところでどうしようもない。
 中途半端に放り出してきたいろいろなものにけじめをつけるために帰ったとしても、こちらに戻ってくるつもりでいるのだから。

「俺は、喜べない」

 零さんが"手放したくない"という願望でしかない言葉だけを口にしていることに気づかなければ、素直に喜べたはずだった。
 だけど、零さんの真意を知ってしまった今、その先に待っているものが見えてしまって、胸が締めつけられるようだった。
 顔を覆っていた手が退かされて、苦しげに寄せられた眉と揺らぐ青い瞳が見えるようになる。
 目が合ったと思った刹那、頬を手で包まれて、キスをされた。唇に触れた柔らかい熱が数秒留まって、ゆっくりと離れていく。
 零さんはわたしの肩に額をつけて、甘えるように擦りつけてきた。

「なぁ……ここにいてくれ、千歳」

 そんな風に言うのは、こちらに留まることを選んだわたしを突き放して、信頼できる安全な場所に置いておきたいからでしょう?
 口にしてしまいたい言葉を無理矢理飲み込んで、零さんの頭を撫でた。

「わたしは……ちゃんと、けじめをつけてきたい。ちゃんと"帰って"くるから、心配しないで。ね、零さん」
「帰っても、傷つくだけかもしれなくてもか」
「……うん」

 ここに留まることを選択してもわたしを傷つけるつもりでいる零さんの、気遣うような言葉。
 傷に傷を重ねないようにだと、わかってはいるけれど。
 頑なに考えを変えないわたしに、零さんは折れてくれたようで溜め息をついた。

「……わかった。その日は、俺も一緒に電車に乗る」
「!」
「もちろん、気が変わったらそれでいい。……心配だから、帰るなら見送りぐらいさせてくれ。28日も、迎えに行く」
「……いいの?」
「それぐらいの時間はあるさ」

 零さんは眉を下げて笑って、ソファから立ち上がった。

「……明日、泊まりに来てもいいか? 今日は呼び出されていてな」
「うん。じゃあご飯は用意しないでおくね。……気をつけて」
「あぁ」

 零さんが部屋を出て行って、ふぅと息を吐いた。
 先にコナンくんに相談したのは正解だったのかもしれない。何も知らないわたしがコナンくんを頼るようになったところで、それは零さんの思惑通り。彼にとっては都合がいい。
 赤井さんも、その方がいいと考えているのだろう。零さんが安心していてくれれば、その分わたしは自由に動けるから。
 荷物を片付けようと立ち上がったところで、鞄の中のスマホが震えていることに気がついた。
 着信を知らせているのはプライベート用のスマホで、画面に表示されているのはエドの名前。あちらではまだ朝だろうに、どうしたのだろう。
 ソファに座り直し、通話ボタンをタップしてスマホを耳に当てた。

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