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 夕方になってチャイムが鳴らされ、モニターをつけるとコナンくんと哀ちゃんがカメラを見上げていた。
 下りるので待つように伝えると、頷きが返された。
 モニターを切って、鞄に古いスマホと手帳がちゃんと入っていることを確認して部屋を出た。
 エレベーターで一階に下り、エントランスに着くとコナンくんと哀ちゃんが手を振ってくれた。

「ごめんなさい、急な話で」
「大丈夫だよ。とりあえず行こう。表に安室さんの車が停まってたから」
「! 哀ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。それより自分のことを気にしなさい」

 よくよく見れば、哀ちゃんは少し顔色が悪かった。
 それでも気丈に振る舞っていて、早くここを離れるべきなのだろうと結論づける。
 やっぱり、動向を気にされているのか。用事があるのなら、電話でもしてくれれば良いはずなのに。それとも、単なる警護?

「灰原、公衆電話から昴さんに電話して、博士の家にいるように言っておいてくれるか?」
「わかったわ」
「千歳さん、出ても右手は見ないでね」

 わたしをどうやって移動させるかは予め決めていたらしい。
 スマホの電源を落として、哀ちゃんを残して先にエントランスから出る。コナンくんは細い路地を選んで入っていって、わたしもその後を追った。
 なるほど、相手が車なら通れないところを狙って、ということか。
 行き先がバレていたら先回りされるけれど、すぐ近くまで行ければもう捕まることはない。
 零さんを相手に逃げ回らなければならないことを苦々しく思いながら、コナンくんの小さな背を追う。
 博士の家に着くと、細い路地をうろうろしてきたわたしたちより先に哀ちゃんも到着していて、博士と沖矢さんと一緒に出迎えられた。

「部屋を片付けてくるわ。いい? 今回は千歳さんのためだから特別に昴さんも入れてあげるのよ」

 腰に手を当ててむすっとしながら沖矢さんを睨み上げる哀ちゃんに対し、沖矢さんは気を悪くした様子もなくにこにことしていた。

「ありがとうございます」

 あぁ、そういえば哀ちゃんは多少は沖矢さんに心を開いている頃なのか。
 少し安心しつつ、哀ちゃんが戻ってくるのを待った。

「どうだったんだ? ボウヤ」
「上手く撒けたと思うよ。灰原も安室さんがこっちを追い始めてから米花駅に向かったから、鉢合わせなかったはずだよ」
「一体何がどうなっとるんじゃ? 千歳君のためというのも気になるし……」

 状況がわかっていないのは博士だけのようだ。
 身を屈めてコナンくんに"博士は知らないのか"と耳打ちで尋ねると、頷かれた。
 あまり広めない方がいい話であることを、理解してくれているのだろう。
 沖矢さんがごまかしてくれているのを聞いていると、哀ちゃんが戻ってきて、沖矢さんに椅子を運ぶよう指示してから地下室に案内してくれた。
 無言で椅子を持ち上げる沖矢さんをちょっと面白く思いながら、博士が気を遣って出してくれた飲み物をお礼を言って受け取った。
 部屋に着いて、テーブルの周りに置かれた椅子に座ると、コナンくんがこちらを見た。

「千歳さん、帰る手掛かりになりそうなものがあったんだよね?」
「えぇ。……これなんだけど」

 鞄から古いスマホを取り出してメールアプリを起動し、問題のメールを開いて見せた。
 コナンくんはそれを見て、哀ちゃんが出してくれたコピー用紙にメールの受信日時、そして書かれた文面をすべてメモした。
 わたしに関しては、多少非科学的なことが起ころうと気にしないことにしているらしい。仕組みなんて訊かれたところで答えられないのでありがたかった。

「やまのて線外回り……? にっぽり?」

 哀ちゃんが首を傾げるのを見て、そういえば山手線はこちらで知られているわけがないのだと思い出す。
 コナンくんがメモをした紙の隅に、"山手線"、"日暮里"と書いた。

「こっちで言う東都環状線みたいなものよ。日暮里駅はわたしが働いていた会社の最寄り駅なの」

 じっとメモを見ていたコナンくんが、顔を上げる。

「千歳さん、こっちに来た時に乗ったのも……7日の午後5時24分の電車じゃなかった?」
「ちょっと待ってね」

 以前使っていた手帳を鞄から出して、確認してみる。
 わたしが勤めていたのはよくあるような3月決算の会社ではなく、7月決算の会社だ。その翌々月から決算作業が始まっていたから、9月の頭であることは確かだ。それで週末で、――あぁ本当だ、ちょうど7日だ。
 部長の言葉に甘えて、定時の五時に仕事を終えて、それから帰り支度をして会社を出て。時間的に、その電車に乗っていてもおかしくない。

「そうだったと思う」
「それで、こっちに来た時間は?」
「一時間半ぐらい状況把握に使って……そのとき、午後七時を過ぎていたから……あれ?」
「そう、千歳さんが乗っていたのは8月31日の午後5時24分に米花駅に着いた電車だったんだよ。ちょうど7日、日暮里駅の発車時刻とずれていたんだ」
「つまり、このメールの文面からすると、毎月7日の午後5時24分に、千歳さんの職場の最寄り駅である日暮里駅を発車する電車に乗ると……米花駅に来られたってことかしら」

 哀ちゃんがわかりやすくまとめてくれて助かる。
 コナンくんは頷いて、米花駅の方の時刻を指差した。

「それで、こっちは米花駅から日暮里駅に行ける電車の発車時刻なんじゃないかと思うんだ」
「時刻は一緒だけど……月末近くってこと以外は……」
「10月、12月、1月は28日。11月は27日。2月は25日。月末が何日かで異なってくるのでは?」

 沖矢さんが壁にかけてあるカレンダーを指差した。
 28日なのは、31日まである月。11月は30日、2月は28日しかない。どれも、月末の三日前。

「……あ、本当だ」
「でも、この中途半端な時間は何なの?」

 哀ちゃんは頬杖をついて、人差し指で時刻の末尾をなぞった。
 確かに、1分だったり4分だったり、中途半端なのが気にかかる。
 コナンくんも沖矢さんも自分のスマホを取り出して、何やら調べ始めた。

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