146

「ファイルにパスワードをかけて、一度でも間違えるか、パスワードの解除以外の方法でファイルを見ようとしたらデータをクラッシュさせるソフトね……。千歳ちゃん、これ取り扱いにだいぶ気を遣うものだけど大丈夫かい?」

 宇都宮さんに依頼したのは、今は書斎の棚に仕舞っている、世界各地で行われる裏取引の情報が入った音声データとテキストファイルを守るためのシステムだ。
 わたしの保険。零さんの背後にあるものを信じ切れないがゆえの、ささやかな抵抗。
 別になくなったところでわたし自身は少しも困らないものなのだから、無理に見ようとした人間が困るシステムであればなんでも良かった。

「えぇ、中に入れるのも取り扱いに気を遣うファイルだもの」
「千歳ちゃんがいいならいいけどね。――見積もり頼んだ」
「かしこまりました」

 秘書に見積書の作成を命じて、宇都宮さんはソファに背中を預けた。

「耳が良いのも困りものだね」
「使い道を察してもらえたようで何よりだわ」
「はは、これでも付き合いが長いからね。あまり危ないことはしないように。光莉が悲しむ。勿論、僕やナディアもね」

 危ないことはしない、か。既にだいぶやらかしているので忠告は遅かったかもしれない。

「……善処するわ」
「それは"いいえ"と同義なんだよ千歳ちゃん」

 宇都宮さんは苦笑して、秘書が持ってきた見積書を確認し、こちらにも見せてきた。
 妥当な金額だろう。宇都宮さんが過度に低くしたりぼったくったりするような人ではないことは承知している。
 封筒に入れてもらった見積書を受け取った。

「これでお願い」
「時間はそんなにかからないと思うよ。できたらポストに手紙を入れて置くから、好きな時においで」
「えぇ、ありがとう」

 秘書に見送られて会社を出て、マンションに戻った。
 零さんは今日も来ると言っていたので、お風呂の準備だけしておく。
 メールをチェックして、ソファに座ってクッションを抱きしめた。
 コナンくんは、日曜日の件について零さんに知られないようにしたがっていた。単に赤井さんの身の安全を心配してか、はたまたわたしに何か教えてくれる気なのか。
 考えてもわかることじゃない。
 夕方のニュース番組を見て時間を潰しているうちに、零さんが来る時間になった。
 チャイムを鳴らされて招き入れ、部屋のチェックもいつも通りに。
 食事の準備をしてもらって、"さぁ食べようか"となったところで、零さんのスマホがメール着信を知らせた。
 それを見た零さんは眉間にシワを寄せ、舌打ちをした。

「……千歳。明日からは来られないが大丈夫か?」

 嫌そうにしているということは、組織の仕事だろうか。

「うん、いつまでも来てもらうわけにもいかないし。わたしはもう平気」
「そうか」
「……寂しいとは、思うけど」
「あぁ、悪いな」

 わたしが素直な感情を吐露したからか、声に少しだけ喜色を滲ませた謝罪だった。


********************


 日曜日になり、コナンくんに指定されたとおり十時に工藤邸に来た。
 道でコナンくんが待っていてくれて、庭に駐車するように指示される。
 車を停めて降りると、コナンくんはスマホを何やら操作してからポケットに仕舞った。

「おはよう、千歳さん。ごめんね、急に呼び立てて」
「大丈夫よ。用事があるのは彼?」

 工藤邸を指差して聞くと、コナンくんは頷いた。

「うん、でも二人きりはまずいと思って、ボクは付き添い!」

 ストーカーのことがあったから、コナンくんはわたしが成人男性と二人になることを避ける努力をしてくれている。
 小学一年生に気遣われる情けなさは、とうに放り捨てた。

「ありがとう。でもなんでわたしの車なの?」
「千歳さんの車の方が広いでしょ。運転はしてもらえるから、千歳さんは話を聞いてくれるだけでいいよ」
「……わかったわ」

 どうやらコナンくんはメールで沖矢さんにわたしが来たことを知らせていたらしい。玄関から出てきた沖矢さんは扉を施錠すると、わたしの車のチェックを始めた。
 盗聴器があったら今日のことも意味がなくなってしまう。名前を出さなかったのは正解のようだ。

「……大丈夫そうですね。改めて、おはようございます、千歳さん」
「えぇ、おはよう。沖矢さん」

 相変わらず胡散臭さの抜けない態度だけれど、それが"沖矢昴"なのだろう。

「適当にドライブをしようかと思いますが、構いませんか?」
「ガソリンは入れてあるし、あ……高速に乗るなら空気圧は見ておいて」
「高速には乗りませんよ。あまり遠くに行きたいわけでもないですから」
「それなら大丈夫」

 助手席に乗り込んで、沖矢さんが戸惑うこともなくエンジンをかけるのを見守る。スマートキーだから慣れないかと思いきや、そうでもないらしい。
 コナンくんは後部座席で足をぷらぷらさせながら、シートベルトを締めていた。

[BACK/MENU/NEXT]
[しおり]

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -