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 コナンくんはわたしの言葉に対して苛立った様子ひとつ見せずに、考え込み始めた。
 真剣に受け止めてくれる姿勢に少し驚きつつ、思考を整理するのを待つ。
 十秒と経たずに、コナンくんはこちらに視線を向けた。

「探偵だから?」
「いいえ」
「それは、千歳さんの経歴がまったくわからないことと関係ある?」
「えぇ、あるわ」

 回答に幅の出る質問をする気はないらしい。
 嘘をつかない、はぐらかさないと決めていれば、二択の質問に答えることは簡単だ。

「……地球とよく似た遠い星から来た宇宙人、っていうのは本当?」
「宇宙人は言い過ぎたわね」
「遠くから来たのは本当か……」

 赤井さんは口を挟まず、コナンくんに任せている。
 それでもこちらを見てはいるので、思考は働かせているのだろう。

「赤井さん。やっぱりあのカメラの映像って……」
「あぁ。どうやら出した答えは間違いではなさそうだ」

 コナンくんは身を乗り出して赤いスマホを渡してきた。
 それを受け取って、画面を見る。映されているのは防犯カメラの映像らしく、右下に表示されている時刻はわたしが初めて米花町に来た日の夜のものだ。

「……千歳さんの足取りが掴めるはずだった、一番古い映像だよ」
「はずだった?」
「うん。赤井さんの上司に、ジェイムズ・ブラックっていう人がいて……その人は、千歳さんと親しいエドガー・クラウセヴィッツさんの友人なんだ」

 日本で休暇旅行をしていて、エドと歳が近い、指揮権を持つFBIの人間。たしかエドはそんな友人がいると言っていた。
 その時もその可能性を思い浮かべたけれど、まさか本当に友人だったとは。

「千歳さんとどうやって知り合ったのか訊いたら、米花駅近くの交番でドイツ語も英語も通じなくて困っていたところを助けてもらった、って教えてもらえた。仕事帰りみたいで、ホテルを探していて……手持ちがなくて困っていたのか、少し意地悪な条件で通訳を引き受けてもらったことも教えてくれたよ」

 あのときは、仕事のストレスが行き過ぎて退職したことにしたんだっけ。
 手持ちがなくて困っていたのは確かで、出した条件が意地の悪いものだったことも自覚している。

「でも、普通に仕事帰りなら、お金に困るなんてことないはずだよね。キャッシュカードは大抵持ち歩いているものだし、駅の近くならATMなんていくらでもある。クレジットカードを使うことだってできた。そもそも電車は正常に動いていたから、帰宅難民になって急遽ホテルを探す必要が出てきたわけでもないはずなのに。あの日の行動だけでも、おかしな点はいくつもあったんだよ。だから、その日以前を重点的に調べたんだ」
「……そう」

 知らない場所に放り込まれて動揺して、うまく取り繕うことすらできなかった。
 調べようと思えば、わたしの不審な点などいくらでも出てくるだろう。

「遠くから来たのは本当だって言われて、確信が持てたよ。千歳さん、ボクのことを"シャーロック・ホームズだ"って言ったのは、千歳さんにとってボクが"架空の人物"だからなんだね?」
「正確には"架空の人物だった"、ね」

 今でもそうだなんて思っていない。
 それだけは言っておきたくて言葉を発すると、コナンくんは笑みを浮かべた。

「そっか。……地球によく似た遠い星っていうのも本当。駅では定期券を通そうとして引っかかっていたし、日付を調べようとしたのか新聞を買ってもいる。千歳さんが生活していた環境と、ほとんど変わらなかった」
「えぇ。……最初は何かのドッキリかもって疑ったぐらいだった」

 けれどもそう考えるにはあまりにも多くのものが"普通"すぎた。
 駅は実在しないはずの名前で、もちろん定期券は通せない。それなのにお金は使える。日付は記憶していたものと違っていて、購入した新聞に掲載されたニュースは覚えのないものばかり。
 あれこれ調べてさらに混乱して、ひとまず休める場所を確保しようと駅付近をうろついて、エドとヘレナに出会った。
 確かに最も不審だったのはその日の夜、米花駅で下車してからの行動だろう。
 コナンくんたちの目のつけどころは正しかった。

「その映像は米花駅と隣の駅の間を撮っているもので、再生してすぐに映る電車に千歳さんが乗っているはずだったんだ。赤井さんに入手してもらったんだけど、運良く破棄を免れたデータだったみたい」

 風見も調べたというカメラだろうか。このカメラの映像に関して、幸運なことが多すぎる。誰かしらの作為ではないかと感じてしまう。
 訝しく思いながら再生ボタンをタップすると、コナンくんの言ったとおり走る電車が映った。このまま見ても速すぎてわからないけれど、細かく解析したのだろう。

「でも、わたしは映っていなかったのよね」
「うん。博士や灰原にも手伝ってもらったけど、見つからなかったよ。千歳さんが走っている電車に乗り込んで、何食わぬ顔で米花駅で降りたっていうなら話は変わってくるけど……それより余程納得が行くよ。千歳さんにとってここが架空の世界の中で、千歳さんのいた世界では物語として存在していた、っていう方がね。だからボク達のことを知っていたんだって納得できる。どうやって米花駅に来たの?」
「……いつもの、会社帰りだったの。繁忙期で遅くなって、上司に言われて帰ることにして。会社の最寄り駅から、いつも通りに電車に乗って……自分の家の最寄り駅に着く頃になって、次の停車駅が"米花"だってアナウンスが流れた。驚いて慌てて降りて、あとは駅の防犯カメラに映っていたとおり」

 自分が置かれた状況を把握しようと、今にして思えば不審な行動ばかりとった。
 スマホを返すと、コナンくんは眉を八の字にしてそれを受け取った。

「たくさんの言語を扱えるのは、千歳さんの元々の職業と関係ある?」
「ないわ。わたしは企業の経理部にいて、外国語なんて疎遠な生活だったから。こっちに来てから、どうしてかどんな言語もわかるようになったのよ」
「……そっか。ボクは信じるよ、千歳さんの話」

 安心させるように笑ってくれる優しさを、どうして向けてくれるのだろう。
 "何をおかしなことを"と、詰られたっておかしくないのに。
 話を受け入れてもらえないことを怖がったくせして、いざ信じてもらえたらそれもまた不安で。
 矛盾だらけで、どうしようもない。

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