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「千歳さんには"手を引け"って言われちゃったし、リスクも大きかった。だから詮索するのは止めていたんだけど……ゼロの兄ちゃんのことを知って、もう一度古城での出来事を調べ直すことにしたんだ。灰原から改めて安室さんと千歳さんのやりとりの話を聞いて、"荷物の運搬"っていう言葉が気になった。赤井さんに調べてもらったら、そこでは日本の警察がハンネス・レフラっていう科学者の身柄を確保していた。……この話は知ってるよね?」
「えぇ、知ってるわ」
「色々な繋がりを辿って、カウンセリングの専門施設にいたサラ・ノークスさんっていう女の人に話を聞けたんだ。千歳さんが唯一フィンランド語を話せるメイドで、フィンランド語しか話さないハンネス・レフラの世話係をしていた、って。警察が一斉検挙に乗り出す直前に、"ハンネス・レフラに呼ばれたから席を外す"って言い残して消えたこともね。あと、黒川さんと恋人同士だったことも聞いたよ」

 ほとんど零さんの予想通りに、コナンくんたちは真実を追っていた。
 特別驚くこともなく、話に聞き入る。

「そこへ、日本の警察からアメリカの研究施設にハンネス・レフラがつくっていた薬物の研究データが送られたっていう情報も入ってきた。千歳さんは明らかに検挙される側の人間だったのに、どうして無罪放免になったのか。事件の後、警察病院に通っていたみたいだったのはどうしてなのか。なぜ灰原を傷つけるような発言をしたのか。情報を整理すれば、答えを得るのは簡単だったよ」
「……そう」
「千歳さんは、ゼロの兄ちゃんの頼みでハンネス・レフラに接触するための潜入捜査をしていた。警察の一斉検挙に乗じて逃げて、ハンネス・レフラの身柄確保の手助けをするためにね。そのための誘導が、"荷物の運搬"だったと思うんだ。警察官である黒川さんの"恋人"になったのは、頻繁に会う理由をつくって準備をするため」

 赤井さんとコナンくんがそれぞれ持っていた情報が組み合わさって、真実を浮かび上がらせている。
 白河さんの立場については赤井さんに知られない方が良かったのかもしれないと思いつつ、頷いて続きを促した。

「古城での一件の後、千歳さんは無罪放免になって、米花町で普通に生活していた。一般人の千歳さんを潜入捜査に駆り出したんだから、当然心のケアもしなくちゃいけない。警察病院に通っていたのは、カウンセリングを受けるためだったんだよね」
「えぇ、正解よ。……哀ちゃんを傷つけた理由については?」
「灰原を意気消沈させて奥に行かないようにしたかった、違う?」

 随分と確信を持った声だ。
 すべてを知った哀ちゃんがわたしにこれまで以上に懐いてくれていることも、コナンくんがわたしを敵ではないと判断した一因になっているのかもしれない。
 溜め息をついて、目を伏せた。

「正解。必死なのはわかったけれど……あの状況では無謀すぎた。哀ちゃんがわたしに心を開いてくれていることは自覚していたから……きっと傷つければ衝撃も大きいだろうって、それでひどいことを言ったのよ」

 哀ちゃんの呆然とした顔も、振り払った手の感覚も、今でも鮮明に思い出せる。

「灰原は、気にしてないよ」
「えぇ、よく遊んでくれるもの。わかってるわ」

 ここまでは、零さんの筋書き通り。
 伏せた目を開けたけれどコナンくんの顔を見ることができずに、膝の上に置いた手に視線を落とす。

「……ここまでの話で、千歳さんが悪い人じゃないってことは確信した。でも、まだわからないことがあるんだ」

 コナンくんの言うことは尤もで、わからないのはきっと一番聞きたいこと。
 強い視線を感じて居心地悪くなり、観念してそちらを向く。
 嘘を許してくれなさそうな、二つのまっすぐな視線。だけど、敵意は感じない。わたしの秘密を暴いたときの零さんと同じだ。

「千歳さんは、ボク達のことをどこまで知ってるの。……どうして、知ってるの?」

 わたしはこの問いに対する答えを、ずっと考えていた。
 的確な言葉は、きっとこれしかない。
 そうわかっていながら、口にする勇気がなかった。
 でも、もういいだろうか。
 逃げるのも疲れた。疑われるのも疲れた。
 信じないならそれまでの話。今までだって、そうやってきた。

「あなたたちに関しては、いくつかの秘密を知っている。知っている理由は――」

 少し離れた場所にいる家族連れの笑い声。車のエンジン音。
 日常の音が、遠く聞こえる。
 逸れた意識を、コナンくんの息を呑む音が呼び戻してきた。
 認めるのは怖い。やっぱりうまく笑えない。
 取り繕うことは諦めて、こちらをじっと見るコナンくんの目を見つめ返した。


「あなたが、シャーロック・ホームズだからよ。江戸川コナンくん」

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