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 ぼんやりと意識が浮上して、目を開ける。
 窓の外を見て、景色が動かないことに少し驚く。落ち着いて周りを見れば、サービスエリアにいることがわかった。……休憩中だろうか。
 スマホをつけて、ロック画面に表示された時刻は十一時半。すっかり眠り込んでしまった。

「起きたか」

 運転席でスマホを見ていた零さんが気がついて、声をかけてくれた。

「……おはよう」
「おはよう。眠れたか?」
「うん。また体がぱきぱき言いそうだけど……」
「そればかりはな。……来たか」

 苦笑した零さんが助手席側の窓の外に目を向け、表情を引き締めた。
 その視線の先を辿ると、すぐ隣のスペースに赤いスポーツカーが滑らかに停まった。ボンネットに引かれた二本の白いラインが見える。――まさか。
 零さんは助手席の窓を開けると、エンジンを切った。隣に停められた車も窓を開け、少し見づらかった車内が見えるようになる。車の中には、左ハンドルの運転席に座る赤井さんと、助手席に座るコナンくんがいた。
 ……追いつかれた。リミットを察して、息を呑んだ。
 赤井さんも車のエンジンを切り、会話がしやすくなる。どうしたらいいのかと振り返った先の零さんは、赤井さんを忌々しそうに睨んだ後ふいと視線を逸らして前を向いた。
 これは、このまま会話をしていいのだろうか。素知らぬフリをした方がいいのか。
 指示もないので迷っていると、コナンくんがこちらを向いた。

「驚かないんだね。赤井さんがいることに」

 敵意のない、けれど落ち着いた声。何もかもを見抜かれそうなまっすぐな視線が痛い。
 日中にいつもの姿で人を探し回るのは危険だと判断したのだろう。ニット帽ではなく黒いパーカーのフードを目深に被り、サングラスをかけて目元を隠している赤井さんも、こちらをじっと見ていた。
 少し、発する言葉を考えた。

「……あなたも、驚かないのね。わたしが彼と一緒にいることに」

 今の零さんは、いつもの安室さんの愛想の良さをすっかり引っ込めている。バーボンにしたってもう少し笑っているものだ。
 "ゼロの兄ちゃん"と一緒にいることに、まったく驚いた様子がない。
 必要以上のことを口にする気はない。黙ってコナンくんを見つめ返すと、コナンくんは眉を下げて笑った。

「確信してたからね。千歳さんは悪い人じゃない、って。ボクたちが追いかけてきたタイミングでゼロの兄ちゃんが合流したのも、千歳さんの手助けをするため。違う?」
「……違わないわ」
「灰原に連絡をさせて逃げたのも、ただの時間稼ぎだったんだよね。ボク達と話す準備をするための」
「そうよ」

 コナンくんは、わたしを追い詰めないように気を遣って話してくれている感じがする。
 だから、素直に答えることができた。

「千歳さんは、"ゼロの兄ちゃん"の味方なんだよね」
「えぇ。……よくわかったわね」
「聞きたい?」
「話してくれるのなら」

 無駄話とは思っていないようだ。
 穏やかな声調で、コナンくんはわたしが"零さんの味方だ"と判断するまでのできごとを教えてくれた。

 初めに違和感を持ったのは、やっぱり初めて会った時。そのときは、組織の敵なのではないかと期待して、少し踏み込んだ質問をしてきたらしい。
 どうにもわたしの素性がわからず困っていたある日、赤井さんが"穂純千歳という女性を知っているか"と尋ねてきた。お互いにわたしに関する情報を提供し合って、つい最近まで戸籍もなかったのに少なくとも六ヶ国語を話せることを確信した。その直後に死を偽装することになったため、保留にされていたようだった。
 ストーカーの一件では、純粋に心配して助けてくれたらしい。少しは家族や親しい人間なんかの素性を暴くのに役立ちそうな情報が得られないかと期待した部分もあったようだけれど。
 その後も会うたびわたしの素性を知るために質問をして、同じ質問に対して日によってまったく違う答えが返ってくることに焦れて。
 そんなある日、山奥の古城で開かれた中世の西洋の文化を体験するイベントに参加した。そのとき人混みではぐれた哀ちゃんが青い顔をして、歩美ちゃんと一緒に黒川さんに連れ戻されてきた。その場では周囲に人が多かったので話さなかったけれど、直後に警察官が一般人の避難誘導を始めた。コナンくんは赤井さんから黒川さんの素性を聞いていて、事情をよく知るはずの黒川さんも気がついたら傍におらず、その後も会えなかったので戻ってから哀ちゃんに話を聞いたそうだ。
 哀ちゃんはハンネス・レフラに会いたくて、一人でこっそり"裏"のエリアに来た。哀ちゃんを追いかけてきた歩美ちゃんに気がついて、先に戻っているよう説得していたところで、迷い込んだ子どもを"表"に案内しようと近づいたわたしと出会った。
 歩美ちゃんにわたしのことを紹介しようとしたとき、わたしが何かに気がついて二人を近くの部屋に隠した。あとは、わたしの記憶のとおり。
 "千歳さんは組織のことを知っていた。でも何も知らないフリをして、バーボンと何か企んでいた"、そう言って塞ぎ込んでしまった哀ちゃんに、コナンくんも何と声をかけたものかと悩んでいた。
 そんな折に、赤井さんから突然哀ちゃんがわたしに会いに行ったことを知らされた。スマホの電源を落として盗聴器のついたバッグも置いて行かれたから、探すのに苦労して。ようやく見つけたときには、わたしと哀ちゃんは話を終えていた。哀ちゃんは何も話さなかったけれど、そのときにはすっかり元気になっていた。そのことから、わたしは悪い人ではないのではないかとは考え始めていたらしい。
 けれど、嘘つきなのもまた事実。哀ちゃんを利用して何をしようとしているのかわからず、赤井さんが疲弊し始めたときにはもう遅かった。慌ててわたしと話す機会を設けたけれど、結局手を引かざるを得ない結果になったということだった。

 コナンくんはそこまで話すと、赤井さんを振り返った。

「赤井さん、ここまでの話で補足はある?」

 赤井さんと沖矢さんに関わることは、零さんの前では話せない。あえて伏せた感じのする部分もあった。
 どうしても伝えておきたいことはないかと、尋ねたのだろう。
 赤井さんは首を横に振った。

「いや、大丈夫だ。口を挟んで約束を破ってしまうのも困る。ボウヤに任せる」
「はは……」

 約束って、何のことだろう。
 苦笑いをしたコナンくんは、その言葉には言及せず話を続けることにしたようだった。

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