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 旅行先では光莉ちゃんが楽しめる場所を中心にうろうろしながら、見つけた公衆電話で零さんに連絡を取った。三連休の最終日、月曜日に合流する段取りを決めた。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、旅行三日目の朝九時、旅館の駐車場で宇都宮さんに車のキーを渡した。
 電源を入れてサイレントモードにした仕事用のスマホも、布製のポーチに入れてグローブボックスの中に仕舞ってある。

≪本当の居場所を気取られたくないから、僕が千歳ちゃんの車を運転して帰ればいいんだね?≫

 光莉ちゃんに理解されないように、フランス語で話すことにしたらしい。

≪えぇ、それだけお願いしたいの≫
≪仮にその、千歳ちゃんを追っている人間に接触されたらどうしたらいいんだい? 追われてるんだよね≫
≪手荒なことをするような人たちじゃないから大丈夫よ。"この車に乗って米花町に帰って欲しいと頼まれた"って言ってちょうだい。スマホを持ってることや車なんてものを預けることに疑問が飛んでくるだろうから、"妹のような存在なんだ"とでも言えばいい≫
≪嘘でもないから大丈夫かな≫

 宇都宮さんは、ぽりぽりと頬を掻いた。自分が嘘をつくのが上手くはないことは理解しているらしい。

≪えぇ、大丈夫。居場所も知らないって言っておけばいいわよ。嘘にはならないわ≫

 宇都宮さんにはここで別れた後の足取りを知るすべがないのだ。
 わたしがここから移動すれば、宇都宮さんが最後に会った場所を伝えてもすぐに見つかることはない。
 頷いた宇都宮さんが運転席に乗り込むのを見て、後部座席を覗き込んだ。ナディアさんが窓を開けると、光莉ちゃんもナディアさんの膝に手をついて身を乗り出してくる。

「千歳ちゃんは一緒に帰らないの?」
「えぇ、ちょっと用事ができてしまって。家族水入らずでドライブして帰ってちょうだいね」
「うん!」
「貴彦さんったら、"千歳ちゃんの車もかっこいいよね"ってちょっと乗りたそうにしていたのよ。それが叶って喜んでいるみたいだから、面倒をかけたとかはあまり気にしないでね」
「ありがとう、ナディアさん。でも大いに有り得るわね」

 方便かもしれないけれど、そうではないと思わせる説得力がある。
 くすくすと笑い合って、"気をつけて帰ってね"と念を押した。
 走り出した自分の車を見送って、徒歩で旅館を出る。しばらく歩いて、合流場所にしたコンビニに入った。缶コーヒーとペットボトルのミルクティーを購入して、外に出る。
 ミルクティーを飲みながらぼんやりして待っていると、白いスポーツカーが入ってきた。駐車スペースに停められたその車の運転手が零さんであることを確認して、助手席に乗り込む。安心できる場所に身を落ち着けることができて、ほっと息を吐いた。

「早朝から出かけさせてごめんなさい」
「気にしなくていいさ。これはありがたくもらうけどな」

 渡した缶コーヒーを早速開けて、零さんは一口飲んだ。
 それからすぐに車を出す。

「高速を飛ばしてきても二時間か。そこから一度は外すことを考えれば、時間に余裕はあるな」
「……うん」
「少しこの辺りを走ってから、高速に乗る」
「わかった。……少し、考えごとするね」
「あぁ」

 零さんは口を閉じて、運転に集中してくれた。
 きっともう、コナンくんたちから逃げることはできない。哀ちゃんが怖がる様子を見せないところからも、わたしが危険な存在ではないと確信してしまっている。"沖矢さんの秘密を口外しない代わりに詮索するな"という言葉も、意味を成さない。
 そして、コナンくんが"知りたい"と思っている以上、もう曖昧な答えでは諦めてはくれないだろう。

「……零さん」
「ん?」
「わたし……たぶん、うまく話せない」

 ただでさえ信じ難い事実。
 哀ちゃんに話すのだって、ひどく苦労した。否定されやしないかと、不安になって何度も口を閉ざしかけた。
 またあんな気分にならなければならないのかと、ここにきて億劫になる。

「それでもいい。そのために俺が来たんだ」
「……うん、ありがとう」

 落ち着いた眼差しで正面を見る零さんの横顔を見て、お礼を言った。
 零さんのことなら信じられる。彼が手助けしてくれるなら、そう悪いことにはならない。
 そう思えるから、安心できた。

「少し寝た方がいいんじゃないか。旅行も疲れるし、あまり眠れてないだろ」
「……そうする」

 零さんは後部座席に置いていた上着を手に取って、わたしの膝の上に置いてくれた。体を冷やすな、ということなのだろう。
 頼れる人と合流できた安心感のせいで、指摘された通り深く眠れなかった反動が襲ってきた。ここは素直に寝てしまおうと、シートに背を預けて目を閉じる。
 温かい手に頭を撫でられ、低く響くエンジン音を聞きながら、どろりとした睡魔に身を任せた。

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