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 コナンくんに動きがあったら、哀ちゃんに連絡してもらうこと。
 追われているとわかったら、位置情報を探られるような通信機器の電源をすべて落としてひとまず逃げること。
 そして、必ず零さんを呼ぶこと。
 最後だけは繰り返し念を押された。ストーカーの一件で素直に助けを求めなかったことを気にされているのだろうか。
 哀ちゃんには手紙で連絡をしておいた。電話は盗聴される恐れがある、メールもハッキングされればバレてしまう。阿笠邸のポストに直接入れておいたので、哀ちゃんはすぐに読んでくれたようだった。"わかった。電話するわね"という、短いメールが送られていた。

 その後は普通に過ごしていたら、哀ちゃんから電話が来た。遊びのお誘いもちょくちょく受けていたから、気軽に電話に出た。

「はい、穂純です」
『灰原よ。千歳さん、今週の日曜日よ』

 硬い声で、日付だけを言われた。それだけで、哀ちゃんが何を伝えたいのかはわかった。
 ――コナンくんが、わたしのことを暴きに来る。
 哀ちゃんには、盗聴されるかもしれないから次の日を言ってほしいとお願いしていた。つまりは、土曜日。

「ありがとう。行ってみるわね」
『えぇ、じゃあまた』

 適当な返しをして、通話を終わらせる。
 そして、宇都宮さんに電話をかけた。

『はい、宇都宮です。千歳ちゃん、どうかしたのかい?』
「ちょっと、お願いがあって。今度の三連休なんだけれど、何か予定はある? ナディアさんと光莉ちゃんも」
『いや、特にはないよ。お願いって?』
「旅行に付き合ってほしいのよ。それで、わたしの車で帰ってきてもらいたいの。費用は全部こっちで持つわ」
『……何やら複雑な事情がありそうだね?』

 わざわざ帰宅の方法を指定すること、費用について。
 それだけで、宇都宮さんは何か察してくれたらしい。

「えぇ。でも危険はないから安心して。手紙を送るから、二泊できる荷物だけ用意しておいて」
『君がナディアや光莉を危険に晒そうとするなんて思ってないさ。わかった、準備しておくよ』

 話が早くて助かる。通話を終えた後、すぐに準備に取りかかった。
 宿の手配をして、光莉ちゃんが楽しめそうな観光スポットに目星をつけた。
 それから出かける準備をして、テキストファイルを突っ込んだUSBメモリと宇都宮エンジニアリング宛の請求書と手紙を持ってポアロに向かう。
 時々するようにティータイムを楽しんで、会計の時に安室さんにUSBメモリを渡した。安室さんはお金と一緒に渡されたUSBメモリを見て、にこりと笑う。

「穂純さん、最近納期が迫っていると言っていた仕事は片づきました?」
「あぁ、"明日まで"のものね。無事終わったわ」
「それは良かった。根を詰めていたようだったので心配していたんですよ」
「ここのケーキで疲れも吹き飛んだわ」

 お願いすることはテキストファイルにすべて書き記した。あとは明日までに零さんが見て、動いてくれるだろう。
 それから宇都宮さんの会社に立ち寄って、対応してくれた宇都宮さんの秘書に請求書と手紙を預けた。
 帰ってから荷造りをして、車のトランクにキャリーバッグを積んだ。当日つけて来られて、日を跨いで逃げる気なのだと悟られても良くない。
 旅行の準備は万全、宇都宮一家との待ち合わせについても手紙で伝えた、当日のための根回しもした。
 あとは当日まで、普通に過ごすだけ。……そうしてコナンくんたちに追いつかれるまでに、心の準備をしなければならない。
 深い溜め息をついて、夕食の準備をしようとキッチンに立った。


********************


 土曜日の朝九時半。杯戸市の地下駐車場があるホテルに来た。
 事前に藤波さんに送信元を偽装して送ってもらったメールで、今日はこのホテルでお昼までクライアントとの打ち合わせをすることになっている。地下駐車場に入って奥の方に車を停め、徒歩で来てくれていた宇都宮一家と合流した。荷物をトランクに載せて、スマホの電源を落とす。プライベート用のものにしろ、仕事用のものにしろ、仕事中は電源を落としているので何ら問題はない。仮に赤井さんがスマホをハッキングしていたとしても、電源を落としたところで仕事のためなのだと気にしないだろう。
 入口と出口が正反対にある駐車場なら、コナンくんたちが入口から確認をしたとしても、そうすぐに出口側には来ないはずだ。仕事をしていると思わせた状況で、さっさと移動しておくつもりだった。
 宇都宮さんが助手席、ナディアさんと光莉ちゃんが後部座席に落ち着いたところで、すぐに車を発進させた。
 ホテルの敷地を出て、スケボーに乗った少年や赤い車がつけて来ていないことをバックミラーで確認して、こっそりと安堵の溜め息をついた。

「急なお誘いでごめんなさいね」
「ううん! 千歳ちゃんと旅行するの、すっごく楽しみにしてたの! 一週間待つのも長かったぐらいだよ」
「そうなの? うれしいわ。光莉ちゃんが楽しめそうな観光スポットも調べてあるから、楽しみにしていてね」
「ありがとう! 楽しみだねママ!」

 はしゃぐ光莉ちゃんと、それに応じるナディアさん。
 宇都宮さんはそれを微笑ましそうに聞きながら、"千歳ちゃん"と呼んできた。

「本当にいいのかい?」
「引っ越しの手伝いをしてくれたお礼も兼ねてだから。それに、わたしのわがままだもの。この車で帰ってくれるのなら、喜んで」
「……わけは聞かないけど」

 本当に危険がないのか、気にしている様子だ。
 光莉ちゃんたちを危険に晒す気はない。それは宇都宮さんもわかっている。……あとは、わたしの心配をしてくれているのか。胸がじんわりと温かくなる。

「本当に危険ではないのよ。ちょっとめんどくさいだけ」
「そういうことなら信じるけど。……車はどうしたらいいんだい?」
「荷物もあるし、宇都宮邸に置いておいてくれれば取りに行くわ」
「わかったよ」

 嘘ばかりばら撒いてきたとはいえ、宇都宮一家と旅行をすることは事実だ。
 零さんに連絡を取らなければならないけれど、それは現地に着いてからでいい。
 ひとまずはドライブを楽しもうと決めて、光莉ちゃんが話しかけてくるのに答えた。

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