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 コナンくんたちに既に伝えている情報を整理することになった。
 特にコナンくんは、わたしについて探るための質問を多くしてきている。
 出会ってからこれまで、どこで接触してどんな会話をしたか。
 思い出せる限りを話して、零さんに書き留めてもらった。

 コナンくんは、初めて会ったときにわたしが周囲を警戒していたのを気にしていた。光莉ちゃん目当ての人攫いがいるかもしれなかったから、とその時は誤魔化したけれど、もう信じてはいないはずだ。
 あとは基本的に嘘ばかりだ。白河さんに次いで嘘の練習台になった相手とも言える。
 家族も恋人もいない、友人も多忙で連絡すら取れないという寂しい人間関係も知られている。
 唯一した真実に近い話もある。"地球によく似た遠い星から来た"、という冗談にしか聞こえない話だったけれど。

 赤井さんに対しては、組織のことは何も知らないフリをした。降谷零という人間のことも知らず、ただ安室という探偵と知り合いだと嘘をつき通した。
 現段階では、コナンくんを含めて"わたしが安室透の正体を知っている"という認識はしていないだろう。
 零さんは少し考え込んだ。

「……やはり引っかかるのは最近の話だな。コナン君が、ふざけた冗談だと流してくれればいいが」

 そこさえクリアすれば、わたしの真実に繋がる情報はない。
 口にはせずに沖矢さんとの会話も思い出したけれど、ウイスキーで知っている銘柄を訊かれたぐらいで、それも本人がわたしの目の前で頼んでいたものや、エドが好きだと言っていたものを答えたから掻い潜れているはずだ。
 けれども先日手を引かせようと取った行動で、それらは無に帰した。
 ふと思ったことを、零さんに尋ねてみることにした。

「……零さんは」
「ん?」
「あの答えが出たとき、"こいつ頭やばいな"とか思わなかったの?」

 不思議だった。いくら信じざるを得ない結果だったとはいえ、電車の中に突然現れたなんて答えを面と向かって口にできるほど、信じられるわけがない。
 あぁ、と相槌を打って、零さんは苦笑いを浮かべた。

「どちらかといえばそんな答えを出した自分の頭がおかしくなったかと思ったな」
「……そうなんだ」
「端から千歳の言葉は信じていなかったさ。工作員かどうかもわからなかったからな。だが調べ尽くして残ったものがそれだった。千歳がくれたヒントはその答えを正しいと後押ししてくれるだけのもので、電車の中に突然現れたという事実だけは否定しようがない。あのときの千歳は嘘なんてつけるほど器用でもなかったしな」

 隣に座る零さんの腕に額を擦り寄せると、どうした、と優しい声で問いかけられた。

「……わたしね、すごく救われたの。零さんに信じてもらえて」

 わかりやすいヒントを残しながらも、どうせ信じてはもらえないだろうと諦めていた。
 それなのに、わたしから言うまでもなく電車の中に突然現れたということを突き止めて、ヒントを的確に拾って真実に辿り着いてくれた。
 どれだけ有り得ないと思っても、調べた結果がそうなのだから事実でしかない――それを認められる人は、一体どれだけいるだろう。
 コナンくんは、それを実践できる子だけれど。今回は、どうだろうか。
 零さんの大きな手が、頭を撫でてきた。顔を見上げると、凪いだ表情でいることがわかった。

「……千歳にとって」
「うん」
「あの二人は信頼できない人物か?」

 どうしてそうまでして隠そうとするんだ、そんな意味も含めた問いである気がした。
 信頼できないわけじゃない。元々信頼できると"知って"はいたけれど、ストーカーから助けてもらって、前よりずっとコナンくんたちに対する信頼は大きくなっている。
 だからこそ、知られるのが怖い。有り得ないと否定されてしまったら? 戸籍をつくるまでのわたしはどこにもいないのに、わたしの痕跡が存在している場所は実在しているのに。わたしの過去を、否定されたくない。
 理由はそれだけ。零さんには暴かれた、哀ちゃんには"信じがたい内容だ"と予防線を張ってから伝えた。それが受け入れられる安心感を知ってしまったから、否定されるのが怖かった。それで傷つくぐらいなら、弱みを握った状態で距離を置いてしまいたい。
 それだけだから、零さんが口にした問いの答えはノー。

「まさか。零さんの次に信頼できる人たちだと思ってるわ」
「……そうか」

 諦めたみたいな声で頷いて、零さんは"今後のことを考えよう"と言った。
 だけど、聞き流せなかった。

「零さん」

 こちらを向いてくれた顔に手を伸ばし、両手で頬を包む。
 零さんは目を瞬かせて、わたしの顔を見てきた。

「千歳?」
「何があったの」

 たびたび何かに重ねて謝る意味。
 自分を"ひどい男だ"と嘲る真意。
 わたしに欠片も聞かせたくない電話の内容。
 "自分だけを信頼して欲しかった"と言いたげな、だけどどこか安心もしているような、諦めた声をこぼす理由。
 わたしに関わることのはずなのに、わたしは何ひとつわかっていない。
 逸らしたくなるほどまっすぐな視線を見つめ返して、何かあったことを断定するかたちで問いかけた。
 零さんは右手をわたしの左手に重ねて、頬を寄せてきた。目を細めて、優しく微笑む。

「……秘密」

 上手いなぁ、と思う。
 "何かがあった"と確信していることをわかって、それでも隠すつもりで。それなら、"隠している"と正直に告げた方が簡単だ。
 わたしがそれ以上食い下がることはできないのだと、知っているなら尚更。

「……そう。泊まってく?」

 零さんの頬から手を離し、マグカップを二つ持ってソファから立ち上がる。

「いいか?」
「どうぞ。もう遅いし、疲れたでしょ。お湯は抜いちゃったけど、シャワーなら浴びられるよ」
「……ありがとな。話の続きは明日しよう」
「うん」

 そのお礼が、単に泊めることに対してのものだったのか、深くは聞かなかったことに対してなのかはわからない。
 シャワーの音が聞こえ始めた。残った中身を捨てたマグカップを洗剤をつけたスポンジで擦りながら、小さな溜め息をついた。

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