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丘の上から海を眺めて食事をして、帰りものんびりと歩いた。
往路とはまた違って見える景色に目を奪われながら、転ばないようにと繋がれた手の温かさを感じながら歩く。
上るときも気になった施設を指差して、零さんの顔を見上げた。
「ね、あっちに水族館が見えるわ」
「気になります? 行ってみましょうか」
「うん!」
「少し遠いですから、一旦車まで戻りましょう」
はしゃぐわたしを見る目の甘さに、心臓の鼓動がうるさくなる。
それをごまかすように、手を引いて急かした。
車で数分移動して、水族館に到着した。
青や水色、紫で塗装された壁は、深海を思わせる。
"あっちでアザラシのストラップを配ってますよ"という言葉に釣られているうちに、零さんは入場券を二人分購入してしまっていた。
指にぶら下げた二匹の丸いアザラシを揺らしながら、手招きをする零さんに歩み寄る。
「……相変わらず嫌味なぐらいスマートだわ」
「ふふ、褒め言葉ですねぇ」
細いゴムのリストバンドとアザラシを交換して、左手に着ける。
零さんはストラップの紐をつまんで、揺れるアザラシを目の高さまで持ち上げてまじまじと見た。
「僕の分までもらってきたんですか?」
「可愛いでしょ? "彼氏の分もください"って言ったら普通にもらえた」
「どちらも否定はしませんが。参ったな、どこにつけようか。……あぁほら、僕がやりますから貸してください」
プライベート用のスマホにつけようと四苦八苦しているところを目敏く見つけられ、取り上げられた。わたしより太いのに器用な指先は、するりと紐を通してしまう。ぷらんと揺れる小さなアザラシに満足して、スマホを鞄にしまった。
また手を繋いで、案内板に従い中に入る。
「つけられないならもらうけど」
「いえ、デスクの引き出しの鍵につけます。記憶に残るようなことも、やむを得ず手放すようなこともないですし」
「そこまで悩まなくてもいいのに」
「せっかくの記念でしょう? 大事にしますよ」
わたしがわざわざ愛用品につけた意図もしっかりわかってくれているらしい。
グレースーツで引き締めた表情をする零さんがデスクの引き出しを開けるときに可愛らしいアザラシをぷらぷらさせるのだと思うと、無性に笑えてくる。
「ふふ」
「年齢考えろって思ってます?」
「いいえ、可愛らしい画だなって」
「嬉しくないなぁ」
苦笑いを浮かべる零さんにまた一頻り笑って、近づいた小さな水槽を覗き込んだ。
時々語られる豆知識にふんふんと感心しながら、順路を辿った。薄暗く静かなエリアを抜けると、ショーの待ち時間を過ごす人たちがいるエリアに出る。
壁一面に広がる水槽は、外に繋がっているらしい。陽の光を浴びながら泳ぐ魚たちを眺める人も多かった。お土産屋さんや、ふれあいコーナーもある。
ふれあいコーナーが気になって、零さんの手を引いて近づいてみた。
「あ、子ガメ。ヒトデとナマコもいる」
「触ります?」
くすくすと笑う零さんをじとっと睨む。
「そんなに子どもっぽく見える?」
「まさか。でもたまには童心に返るのも悪くないですよ」
「残念ながら小さい頃はうさぎとかモルモットとかふわふわした動物としか触れ合いませんでした」
「ナマコをつつくのも楽しいですよ」
「勧めてこなくていいから」
軽い言葉の応酬が楽しい。
どうしたって楽しくて、からかわれてむっとする気持ちもすぐに萎んだ。
ふと聞こえてきた子どものきゃらきゃらとしたはしゃぎ声に目を向ける。懐かしい。場所は動物園だったけれど、自分もあんなだっただろうか。小さな子が、母親に抱きかかえられて水槽に手を入れていた。父親は子どもと一緒になってはしゃいで、子どもの手の届く位置に子ガメやヒトデを移動させている。幸せそうな、親子だ。
「――」
あぁ、見るんじゃなかった。
手に入らないものだ。羨ましく思うだけ無駄だ。いま隣にいる人とは、籍を入れることすら叶わないだろうに。
「千歳さん?」
「!」
名前を呼ばれて、親子に向けていた視線を慌てて外した。
零さんの顔を見上げると、少しだけ困ったような表情をしていた。観察力に優れた彼のことだ、わたしが何を見ていたのかすぐにわかったのだろう。……困らせたいわけじゃないのに。
へらりと笑うと、零さんの眉間に皺が寄せられる。
「歩き回って疲れちゃった」
「帰りましょうか」
「うん。……ちょっと、懐かしいなって思っただけよ。二十年近く前のことなのに、今更ね」
「……そうですか」
繋いでいない方の手で頭を撫でられた。
「お手洗いに寄ってもいい?」
「えぇ、僕も寄りたいなと思っていたので」
近くのトイレに行って用を足し、化粧も少し直した。
失敗したなぁ、と思う。親子連れをじっと見るわたしを見て、零さんはどう思ったのだろう。"懐かしく思った"というだけに留めたけれど、それで騙されてくれただろうか。
ふぅっとひとつ大きく息を吐き、考えないようにしようと決めてトイレを出た。
電話をしていた零さんは、ちらとこちらを横目で見て、すぐさま切る。何も聞かせないようにしたいらしい。仕事の話だろうか。
「……呼び出し?」
スマホをポケットにしまった零さんにおずおずと尋ねると、零さんは苦笑した。
「まさか。ちょっとした連絡ですよ。あっちには"今日は飼い猫のご機嫌取りをするので連絡しないでください"と言ってあります」
「その言い訳通用するんだ……」
「するんですよ。大丈夫、明日の朝まで絶対に一緒にいます」
だから何も考えなくていい。言外に、そう言われた気がした。
差し出された手を取って、"帰りましょうか"という言葉に頷いた。
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