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 哀ちゃんを家まで送り届け、車を返して家に帰ってきた。
 夕食を軽く食べてニュースを見ていると、プライベート用のスマホが着信を知らせてきた。
 番号は零さんのもので、前にもらった仕事は終わっているのになんだろうと思いながら通話ボタンをタップする。

「はい、穂純です」
『降谷だ。千歳、明日は空いてるか? デートしないか』

 プライベートのお誘いだった。

「……空いてなくても"空いてる"って答える」

 ただでさえ多忙な彼が、時間をつくって遊んでくれるというのだ。
 先日の電話では遊んでほしいと言ったけれど、期待しているわけではなかった。だというのにちゃんと受け止めてくれた。それがうれしくて、つい頬が緩む。

『はは、だよな。わかっていて訊いた。九時頃そっちに行くけどいいか』
「うん、待ってるね」

 弾んだ声は、きっと電話越しでも伝わってしまった。
 優しい"おやすみ"に返事をして、通話を終える。
 せっかくのデートの前日に夜更かしは良くない。今日は早く寝よう。思い立ったら即行動。お風呂が溜まっていることを確認して、さっそく入ることにした。


********************


 ピンポーン。聞き慣れたインターフォンの音が鳴り、少しだけ高鳴る心臓をそのままにモニターをつける。
 相変わらず名乗らない零さんに、"下りるから待ってて"と一方的に伝え、モニターを切った。
 今日は白いバルカン・ブラウスにフレアのミディスカートを合わせ、カーディガンを羽織った。靴はラウンドトゥパンプスで、全体的にふんわりした印象になるように気をつけたつもりだ。髪はハーフアップにしてバレッタで留め、化粧も吊り目ラインを少し柔らかくして、ピンクの口紅を選んだ。
 思い返せば、零さんとデートと銘打って出かけるのは初めてだ。
 エレベーターの浮遊感に包まれながら、そわそわと落ち着かない心に"静まれ"と念じた。
 一階に着いてエレベーターから出ると、エントランスで待っていた零さんと目が合った。目を瞬かせる零さんに、印象を変えたのは失敗だったかと焦る。
 不安に思いながら近づくと、零さんは口元を手で隠した。

「おはようございます」
「おはよう。……どうしたの?」
「いえ、普段と印象がかなり違うので驚いただけですよ。……嬉しいな、僕のために可愛くしてきてくれたんですよね」
「〜〜っ」

 柔らかく細められた目から向けられる視線は、甘さを含んでいる。
 気恥ずかしくなって、零さんの背を押して"早く車に行きましょう"と急かした。
 入り口の前に停められた白のRX-7の助手席に座り、シートベルトを締める。運転席に落ち着いた零さんもシートベルトを締めて車を発進させた。

「安室さんは心臓に悪い……」

 熱を持った頬を冷ますようにぱたぱたと手であおいだ。
 零さんはくつくつとの喉の奥で笑っていて、わかっていてやったのだと理解する。

「からかったわね……!?」
「反応が面白くて、つい。嬉しいのは本音だけどな」

 さらりと付け足された言葉に、うっと押し黙る。
 喜んでもらいたくてやったことなので、結果としては良かったのだ。

「……今日のプランは?」
「二時間ほどドライブして、公園で散歩。ランチは予約してある。あとは海でも見て帰ってこようかと思ってる。寄りたいところを見つけたらそこもだな」
「運転、結構長いのね。大丈夫なの?」
「近場だと知り合いに鉢合わせるかもしれないからな。帰りは少し昼寝するかもしれない」
「私の車で行った方が良かった……?」
「まさか。デートなんだからエスコートさせてくれ。昼寝も冗談だよ」

 わたしをからかって遊ぶところは零さんも変わらないのか。悪戯っぽい笑みに、それでも悪い気はしなくて頬を緩めてしまう。
 とはいえ休憩は遠慮なくしてほしいところだ。マニュアル車は運転できないから、零さんにお願いするしかないのだ。

「近況は?」
「哀ちゃんと仲直りできたし、コナンくんたちに手を引かせることもできた」
「! そうか、良かった」
「組織の側の人間だとはあまり思われてなさそう。……そういう風に振る舞ったっていうのもあるけど……。コナンくんは一般人なんだから、あまり深入りするなって」
「危ないからそれでいいさ。なら、今日は思い切り息抜きしないとな」
「ふふ、そうね」

 話題はお互いの近況についてになり、わたしの方は主に哀ちゃんと過ごした時間についてを話した。安堵した様子を見せてくれるところからも、わたしが疑われて疲れているのではないかと心配してくれたことが窺える。
 近況報告が終わってからは、あれこれと話してくれる零さんの心地のいい声に、相槌を打ちながら耳を傾けた。

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