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 リビングから出ようとすると、背後からコナンくんに声をかけられた。

「待って、千歳さん……!」

 足を止めて、振り返らずに目を伏せる。
 コナンくんたちは、裏社会に関わる理由を話さない。だったら話はそこで終わりだ。哀ちゃんだって、わたしへの協力という対価をもってわたしに関する情報を得ようとしている。

「わたしに話す義務はない。話さなければならない理由もない。これで話は終わりよね」

 まだ何かを話そうと、息を吸う音が聞こえた。

「ボウヤ、やめよう」

 それを止めたのは、沖矢さんだった。

「でも……!」
「どうやら彼女は、沖矢昴の正体を知っているようだ」

 納得がいかない様子のコナンくんに、沖矢さんは衝撃を浴びせる。
 わたしと赤井さんのやりとりを知らないコナンくんには、これまでの会話のどこにそれを知る手掛かりがあったのかわからないだろう。
 あとで説明してもらえるとは思うけれど。

「な……」
「"黙っていてやるから深入りしてくるな"。情けないが、これに関しては彼女の方が上手のようだ。気になる点がさらに出てきたが……誰かにこのことを漏らされるリスクは計り知れない。手を引こう、ボウヤ」

 赤井さんの言う気になる点。
 なぜ哀ちゃんに関する盗聴と沖矢さん――ひいては赤井さんを結びつけたのか。なぜ身を隠している理由を組織だと断定できたのか。
 降谷さんがわたしの秘密を暴いたときに言っていたように、"自分のことを詳細に知っている"と思わせてしまう言動をいくつもしてしまっていることは、自覚していた。
 けれども手を引かせれば、それらに関しても訊かれることはない。

「哀ちゃんに危害を加えるつもりはないわ。これ以上詮索しないでくれるのなら、あなたたちにも。もちろん沖矢さんの秘密を漏らすつもりもね」
「……嘘つきの千歳さんを、信じろって言うの?」

 コナンくんは疑念の滲む低い声で問いかけてきた。

「信じてもらわなくて結構よ」

 わたしは零さんに信じてもらえればそれでいい。
 哀ちゃんにだって嘘偽りなく話をするつもりではいるけれど、信じてもらえないのならそれまで。そこで話を終わりにするつもりだ。
 鞄からスマホを取り出して、哀ちゃんに電話をかける。

『千歳さん? どうしたの?』
「哀ちゃん。これから時間はある? 話をしたいの」

 コナンくんが息を呑む音が、いやに耳についた。

「取引は終わりよ。協力ありがとう。……精算を、しましょう」

 これで二人もわかっただろう。哀ちゃんがわたしと"仲直り"をした詳細を話さなかった理由について。
 彼女には彼女なりの打算があって、わたしと取引をしていたからなのだと。


********************


 先日と同じように、貴重品だけを持った哀ちゃんを急遽借りた車に乗せて、少し遠出をした。
 一度家に帰って着替えたし、鞄も持っていない。財布とスマホについても中身までしっかり確認したし、スマホの電源は哀ちゃんも一緒に落としている。
 盗聴のリスクは最小限にまで抑えられたはずだ。
 哀ちゃんには"非科学的な話だから、科学者の哀ちゃんにとっては到底信じられない話かもしれない"と前置きをしたうえで、すべてを話した。もちろんこれから先起こるかもしれないことや、今の段階で哀ちゃんが知らないはずの情報は伏せたまま。
 ただ、組織について知っている理由がわたしの生まれ育った世界に存在していた漫画に描かれていたからで、わたし自身は電車に乗っての帰宅途中にどうしてか米花駅に辿り着いてしまったのだということ、そしてなぜかこちらではすべての言語を操ることができるということだけ話した。
 初めからわたしが出したヒントを頼りに答えに辿り着いてくれた零さんたちを相手にしたのと違って、一から話すのには勇気が要った。
 話し終えて哀ちゃんの顔をちらと見遣ると、口元に手を当てて考え込んでいた。

「……本当に、信じがたい話だわ……。何か、本当なら千歳さんの知り得ないようなこと……言ってくれないかしら」

 信じがたいけれど、信じざるを得ない。けれども何か、決定打が欲しい。零さんと同じ反応だ。
 わたしへの信頼が窺えて、無性にうれしかった。

「そうね……、哀ちゃん個人のことに踏み込むようなことでもいい?」
「いいわ、大丈夫」
「……あなたのお姉さん、宮野明美さんは……お母さんから志保ちゃんへのメッセージを録音したカセットテープを、お父さんが貸していた建物……デザイン事務所として使われているのだったかしら、そのトイレに隠した。志保ちゃんと一緒に取りに行く前に……命を落としてしまったけれど。コナンくんの助けで、それは無事哀ちゃんの手に渡ったのよね」
「!」

 哀ちゃんの心の、多分いちばん柔らかい部分に触れる内容だけれど。
 わたしと哀ちゃんが出会う前、そして組織の人間が知り得ない話でないと、信憑性が薄れてしまう。

「……信じざるを、得ないわね」

 そう口にした哀ちゃんの声は、震えていた。

「……ごめんね」

 ハンドルに視線を落として、謝罪する。
 視界の端で、哀ちゃんがふるふると首を横に振った。

「いいわよ、謝らなくても。千歳さんにとって、いま話してくれたことはトップシークレットだったはずよ。私が言えることじゃないけど、戸籍に関する嘘の申告は立派な犯罪。それを誰かに明かすリスクは大きすぎる。どんな言語も理解できるということだって、本当なら知られてはならない情報よ。悪用されかねないから。それでも……私を信じて、教えてくれたのよね」
「哀ちゃんとは信頼するに足る関係を築けていると思っていたからよ。哀ちゃん、改めてお願いするわ。いま話したこと、誰にも言わないでいてくれる?」

 危険性を正しく理解したうえで、それでも言い触らすような子だとは思っていない。
 哀ちゃんは柔らかい笑みを浮かべて、深く頷いた。

「えぇ、誰にも話さない。博士や江戸川君にもね」
「……ありがとう」

 お礼を言った声は自分でもわかるほどに震えていて、それに気がついた哀ちゃんは宥めるようにわたしの手を握ってくれた。

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