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 通された個室は、シックなグレーの絨毯と、青を基調としたタペストリーや置物などの装飾、そして木目調の家具でシンプルかつ上品にまとめられている。
 6畳ほどの広さで、入って左手にある小さなカウンターの上には数種類のお酒の瓶が並べられ、シンクも備えつけられている。その向こうには小さな食器棚が設置され、さまざまなグラスが据え置かれていた。
 座れる場所はカウンターの前にスツールが二つと、カウンターと反対の壁際、天板がガラス製のローテーブルを向かい合って挟むように設置された二人掛けのソファ。
 部屋の奥側にあるソファをすすめられて、素直にそちらに座った。

「さて、長々と自己紹介もないまま失礼しました。私はこういう者なのですが」

 そう言って見せられたのは、警察手帳だった。
 衣服と携行用の紐で繋いでいるためか、じっくりと見るために手を伸ばしても拒否はされない。

「警視庁……の、風見さん?」
「はい。警視庁公安部の、風見と申します」

 うぅ、この辺はノーマークだ。まったく詳しくない。
 警視庁公安部、スコッチの所属先という認識しかない。どのみちスパイをやるような部署なら大っぴらに身分を明かすことなんて本当はしないはず。たぶん。

「普通は名乗らないんじゃないの?」
「えぇ、まぁ。ですが、近頃日本での活動を増やしている犯罪組織がありまして。トラウトはその組織に武器を流すために、最近日本に進出したクラウセヴィッツ氏のルートを利用したいのだと踏んでいます。私はその組織を追っていて、勢力を強めてしまう可能性のあるトラウトを、なるべく早く捕縛したい。クラウセヴィッツ氏の協力を得るためにも、まずは彼の信頼を勝ち得ているあなたに協力をお願いできないかと思い、失礼ながらタイミングを窺っておりました。こうして身分を明かしているのも、あなたの信頼を得たいからです」

 判断が難しい。
 トラウトが組織に武器を流したがっているのは事実だろう。それはいい、信じることにする。
 わたしの協力を得たくて、というのもきっと本当。
 ――だけど、わたし自身のことは?
 目を合わせても疑惑が含まれているかどうかはわからない。

「……それはわたしの判断ではどうにもならないわ。電話をしてもいいかしら」
「えぇ」

 ひとまずエドに逃げることにして、スマホを取り出してエドに電話をかけた。スリーコールで出てくれた。
 ついでにもう一台の仕事用のスマホをハンドバックから出し、公安警察について調べてみる。

『エドガーだ。チトセか?』
≪えぇ、さっきの電話のあと、公安の人に声をかけられたの。エド、あなたとトラウトのことでね。ここ数日間張りつかれていたわ≫
『……なるほど。アメリカ同様、管轄が広くなったのか』
≪大きい犯罪組織と手を組みそうなんですって。わたしのこともあるし、信用してもいいのかは判断できない≫

 エドも宇都宮さんも、わたしの経歴が曖昧なことはわかっている。
 だから、そんなわたしが警察の目についたらどうなるかも、心配してくれている。

『そうだな。私や宇都宮君とちがって、人柄や仕事ぶりだけで信頼できる立場でもなさそうだ』

 手元に視線を滑らせる。なるほど、警視庁公安部は警察庁警備局から直接指示を下されて動くのか。警察庁警備局は基本的に捜査の運営や協力者の管理が主な仕事。降谷零のような実働する人間は特殊な部類。風見さんも、協力者の獲得のために指示を受けてわたしの尾行、接触をしてきたのだろう。

≪そもそも本物かどうかも怪しいから、警察に書類を持っていけないか確かめてみる。それで信用できるなら≫
『協力をお願いするとしようか。しかし、手柄の奪い合いにならなければいいが』
≪仲が悪いのだっけ? 公安の協力を得られるなら、休暇旅行中のFBI捜査官を引っ張ることもないと思うけど≫
『まだ件の知り合いには相談していないから、うん、先にそちらだ。予定を繰り上げて明後日には日本にいることにするよ。明後日までに信頼できる人間を引っ張り出せるかい』

 彼の立場については、特殊な理由でだけれど信用していいと知っている。けれど、それこそトリプルフェイスを使いこなすほどの器用な人間でなくていいから、いま目の前にいる彼よりもう少し頼りがいのある人間に出てきてほしい。
 エドとわたしの意見は、合致していた。

≪そうね、わたしみたいな一般人に尾行を感づかれた時点で目の前の彼はアウトね。人柄は問題ないと思うけれど≫
『あぁ、人柄についてはな』
≪わかった、やってみるわ≫

 通話を終えて、もう一度風見さんに向き直った。
 風見さんはごくりと唾を飲んで、わたしが口を開くのを待っている。

「はっきり言って、あなたの立場については信用できないわ。なりすましも横行しているし」
「……はい」
「あなたに指示を出しているのって警察庁でしょう? そこに書類を持って行ってもいいかしら。それを読んできた人になら、協力を要請できるというのがエドガーの考えよ」
「! 受付に言づけておきます」
「明日の正午までに持って行くから、風見さんにって言って渡しておくわね」
「はい」

 霞ヶ関に持って行っても何も問題はないらしい。
 そうと決まれば、暗号も作らなければ。

「何か追加で頼まれますか?」
「え? いいえ」

 飲みきったら帰ろうと思っていたので、素直に答えた。

「では、今夜のお会計はこちらで持ちますので、ごゆっくり。お時間をいただきありがとうございました」
「え、えぇ、こちらこそ……?」

 なんと返していいかわからないまま曖昧に返事をしたのだけれど、特に気にされることもなく風見さんは部屋を出て行った。
 どんなのにしようか、なんて思考を巡らせつつカクテルを飲んでナッツを食べて、少しのんびりしたところで席を立った。
 お会計はわたしが今夜頼んだすべてのものについてされていて、"先ほどの方が穂純さんの分もお支払いされましたので、お会計はないですよ。またいらしてくださいね"となんともにこやかに見送られてバーを出た。

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