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 工藤邸に連れて行かれ、リビングに案内された。ここに来るのは久しぶりな気がする。促されるままソファに座った。
 コーヒーではなく小さなペットボトル飲料を出されて、本格的に警戒されているなと感じた。
 こちらも疑ってかかっていると思われているからこそ、何も仕込んでいないことを証明できるペットボトルを出してきたのだろう。聞きたいことはあるけれど、害する気はないのだと。
 向かいのソファに座った沖矢さんとコナンくんの目の前でぱきりと音を立てて開けて見せ、中身に口をつけた。

「それで、何の話をしたいのかしら」
「千歳さんには聞きたいことがたくさんあるんだ。答えてくれるよね」
「答えられる範囲でならね」

 答えても嘘かもしれないけれど。そんな言葉を舌の奥で転がして飲み込んだ。
 コナンくんは探るような目でこちらを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「千歳さんは、何者?」

 公園でも訊かれたことだ。

「宇宙人よ。地球とよく似た遠い星から来たの」
「なっ……」
「……!」

 絶句した様子の二人に、にんまりと口角を上げる。

「あら、前にも真面目に答えたのに取り合ってくれなかったのはコナンくんよ? もうちょっと面白味のあること言った方がいいのかと思って」

 あながち嘘でもないのだし。
 コナンくんはぎゅっと拳を握った。

「千歳さん、真面目に答えて」

 抑えた声で咎めてくるコナンくん。苛立ちを隠しきれていない。

「通訳者、翻訳家。面白味のない答えは変わらないわよ」
「……そうじゃ、なくて」
「まどろっこしいわね。どうせならイエスかノーか、二択で答えられる質問にしてみたら? あなたの質問の意図がわからないわ」

 ぎり、とコナンくんが奥歯を噛んだのがわかった。
 もう少し粘れば、沖矢さんが出てくるだろうか。盗聴器から入ってくる情報を聞き逃すまいと神経を尖らせ続けて疲れている沖矢さんより、子どもとして過ごして十分に睡眠時間も確保できているコナンくんに話をさせようというのは正解だ。こちらとしてもそれは望んでいない。
 沖矢さんがぽんとコナンくんの背を叩いて宥めた。……どうやらまだのようだ。

「安室さんは、裏社会のある組織の幹部なんだ」
「へぇ、そうなの」
「知ってるはずだよね。少し前に山奥の古城で、バーボンと手を組んで何かしていたことは灰原から聞いてるよ」
「あら、知っていたの」

 話がそこで止まっているということは、哀ちゃんは律儀に秘密を守ってくれているのだろう。

「灰原をあんなに傷つけて……今更仲良くしているのは、一体どういうつもりなの。バーボンに頼まれたから? また灰原を騙してるの? それとも、脅した?」
「残念ながら全部ノー。バーボンにそんなことは頼まれていないし、哀ちゃんを騙してもいない。もちろん、脅してもいないわ」

 彼女が知りたい情報をちらつかせた、取引はしているけれど。

「だったらどうして灰原は何も教えてくれないんだろうね。脅された以外の理由、あると思う?」
「さぁ。思い浮かばないわね」

 コナンくんは細く息を吐いた。
 これまで探りを入れてきたときだって、わたしの適当な物言いに疲れた様子を見せていた。要領を得ない回答に、コナンくんが苛立つのも理解できる。やめるつもりもさらさらないけれど。
 どんな質問を投げかければわたしがまともな返答をするのか考え込むコナンくんの頭をぽんと撫でた沖矢さんが、ようやく口を開いた。

「千歳さん、あなたはバーボンが所属する組織について詳しく知っている。これは間違いありませんね」
「どうしてそう思うの?」
「灰原さんから当時の状況は詳しく聞いています。組織について知っていながら知らないフリをして、バーボンと何か画策していた、と」
「あぁ、哀ちゃんには聞かれていたのだっけ。なら隠しておけることでもないわね。えぇ、知ってるわよ」
「……随分素直に答えてくれますね」
「だって嘘だもの」

 別に詳しく知っているわけではない。
 日本にいる幹部の顔ぐらいしかわからず、その組織の目的も知らないのだ。詳しいとは言えない。
 どの言葉にかけるべき"嘘"なのか見当がつかないらしい沖矢さんは、溜め息をついた。

「わたしの方こそ、どうしてただの小学一年生と東都大学院生がそんな裏社会のことを知っているのか聞きたいところだけれど」
「……色々と事情がありまして」
「そう? まぁ、深入りしない方が身のためじゃないかしら」
「そうかもしれませんね」

 触れられたくない話があるのはあちらも同じ。あっさり引いてくれた。

「ならこのお話はおしまいね。大人しくしていれば目をつけられるようなこともないわよ」

 ごく一般的な忠告だ。知り過ぎることは良くない。
 工藤新一くんだって、取引を"見た"だけで殺されかけたのだ。

「待ってください、まだこちらの知りたいことを教えてもらっていない」

 知りたいのはきっと、わたしの立場。組織の人間と手を組みながら組織を欺き、哀ちゃんを傷つけておきながら仲良くして、組織が狙う哀ちゃんを害さないのはなぜなのか。警察すら欺いているのかどうか。
 けれどそれらを教えるつもりはない。二人が詳細な自分の立場を教えてくれない以上、詳細に教えなければならない理由は生まれない。
 わたしの二人への認識は、"なぜか裏社会について少し詳しく知っている一般人"なのだ。だから"これ以上深く関わらせる必要もない"と、遠ざけるのが自然なことだ。

「なんでも知ればいいってものでもないわよ。これはストーカーから助けてくれたあなたたちに対する、心からの忠告よ。深入りはやめておきなさい。世の中には知らない方が幸せなこともあると思わない?」
「知らなければ納得できないことの方が多いと思いますが――、!」

 言葉を誤ったことを自覚したかのように、沖矢さんが一瞬息を吸った。
 やりとりに、覚えがありすぎたのだろう。あの時は立場が逆だったけれど、赤井さんとわたしは確かに同じやりとりをしたのだ。裏社会に詳しい人間と、何も知らない一般人として。

 "思いの外良心的な金額で仕事を請け負ってくれた君に対する、心からの忠告だ。そいつからは離れた方がいい"
 "世の中には知らない方が幸せなこともあると思わないか?"
 "知らなければ納得できないことの方が多いと思うわ"

 それだけなら、確信を得たと思わせるには不十分だった。けれど言葉を口にした本人が、その言い回しを"引きずり出された"と言わんばかりの反応をしてくれた。
 疲労が溜まった頭では、記憶にある上手い言い回しを引っ張り出すので精一杯だろうという予想は、無事的中した。
 こちらが目を細めると、彼は口を引き結んでしまう。
 哀ちゃんから預かっていた盗聴器をポケットから取り出して、手のひらからテーブルの上に転がして落とした。
 コナンくんは、それを見て息を飲んだ。

「随分お疲れのようね。夜はちゃんと眠れてる? 沖矢さん?」

 駄目押しのようににこりと笑って尋ねると、沖矢さん――否、赤井さん――はモスグリーンの瞳を覗かせてきつく睨んできた。
 これで伝わっただろう。沖矢さんが赤井さんであると知っているということ、哀ちゃんの身の回りを盗聴している人物を知っているということ。ここ数日の間、その人物に休息の時間を与えないために、哀ちゃんと頻繁にコンタクトを取っていたということ。

「お返しするわ。あなたのでしょう?」
「……否定した場合は」
「哀ちゃんの身が心配だし、警察に調べてもらうわね。こんな悪趣味なことをする犯人を突き止めないと」
「ありがたく返していただきます」

 取り戻す前に、盗聴器を回収された。返すつもりだったので、別にいい。
 これで赤井さんは、わたしに迂闊に手を出せなくなった。命に関わり兼ねない重要な情報を、わたしが握っているのだと知ってしまったから。確信には至らずとも、疑惑があれば慎重にはなるだろう。
 わたしの目的は達成された。これ以上長居をする理由もない。
 荷物を持ってソファから立ち上がると、沖矢さんの纏う雰囲気が変わったことに戸惑った様子を見せていたコナンくんが、ぱっと顔を上げた。

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