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 一旦車を降りて、ショップエリアに繋がるエレベーターやエスカレーターが設置された小さなホールにある自動販売機で飲み物を買った。
 車に戻って運転席に座り、哀ちゃんにも買った物を目の前で開けて渡して、自分の分も蓋を開けて口をつけた。
 レモンティーの爽やかな風味が喉を通って、少しすっきりする。

「わたしが知っているのは、一部の幹部の顔。ジン、ウォッカ、ベルモット、バーボン、キール、キャンティ、コルン……それぐらいね」

 映画で見たことがある、キュラソーのことには触れないでおくことにする。
 今がミステリートレインの事件が起きた直後なら、接触するのもずっと先のことだろう。

「それからシェリー、あなたが本当は十八歳だということ。APTX4869という薬を飲んで……体が小さくなったのよね。コナンくんも、同じ」
「えぇ。私たちの本名は?」
「知ってるわ。宮野志保ちゃんと、工藤新一くん」
「……本当に、知っているのね……」

 確かめるように呟かれた言葉に、小さく頷く。

「組織の目的は知らないけれどね。……バーボンとは、情報を渡してあげる代わりに、何かあれば守ってもらえるような関係」
「……危険はないのね」
「わたしにとっては、一番安全な人よ。まぁ、彼が何かやらかせば一緒に殺されちゃうだろうけど」

 苦笑しながら言うと、哀ちゃんはじっとりとした視線を向けてきた。

「安全とは言い難いと思うけど?」

 なるほど、確かに。彼に危害を加えられなくても、危険がないとは言い切れない。

「そうね、訂正するわ。わたしにとって一番信頼できる人。これ以上は言えないし……バーボンがあなたをどうしたいかもよくわからないから、彼のことは信用しなくてもいい」

 保護したいとは思っていただろう。ベルモットが爆弾を仕掛けたせいで、それは叶わなかったけれど。
 "生きたまま組織に引き渡す"と言っていた記憶があるし、何らかの言い訳を使って公安の保護下に置いたのかもしれない。
 それでも信用しないでいてもらうに越したことはない。どのみち、今バーボンはベルモットと一緒に行動することが多い。変に心を開かせて近づかせてしまうより、避けてもらう方が安全だろう。

「……そうさせてもらうわ」
「あとは、……あまり話せることもないわね。ごめんなさい」
「別にいいわよ。協力した後、きっちり聞かせてもらうから」

 取引だと言ってしまったから、哀ちゃんにも余裕ができたのだろう。
 容赦がなさそうで怖いなぁなんて思いながら、またレモンティーを飲んだ。

「それで、私は何をしたらいいのかしら?」

 すっかり緊張の糸を緩めてくれた哀ちゃんは、少しだけわくわくした様子で尋ねてきた。
 お願いしたのは、電話でいいのでわたしに頻繁に連絡を取って世間話でも何でもいいので当たり障りのない話をすること、できたら一緒に出掛けたり家に泊まったりすること、博士とコナンくんと沖矢さんには一切合切を秘密にすること。
 聞いた哀ちゃんは拍子抜けしたように、深い溜め息をついた。

「そんなことでいいの? 話をするのも一緒に遊ぶのも、私はちっとも嫌じゃないわよ」
「バーボンと鉢合わせないように気をつけはするけれど……危険なことに変わりはないのよ?」

 哀ちゃんのスマホに自分の番号とメールアドレスを登録させてもらいながら、言葉をかわす。

「大丈夫よ。幸い組織の人間は"シェリーは列車で爆死した"と思い込んでくれているみたいだし……千歳さんは私を守ってくれる。違う?」

 わたしを見る目には、全幅の信頼が乗せられていた。
 お人好しで絆されやすいのだと、完全に見抜かれている。

「……違わないわ。哀ちゃんに危害を加えるつもりはない。わたしにできる限りでとしか言えなくて申し訳ないけれど、あなたにとっての危険は避けるようにするつもりでもいる」
「それで十分よ。江戸川君も博士も、私に隠してこそこそ何かやっているみたいだし……私のためを思ってのことだとしても、納得いかないの。江戸川君より先に千歳さんの秘密を知って、ささやかな意趣返しをしたいのよ」

 哀ちゃんは時々何かにムキになるようなところがある。たとえば比護選手に関わることだとか。コナンくんに張り合いたいときだとか。

「あまり心配かけちゃだめよ?」
「それを千歳さんが言うの?」

 こちらが心配になって苦笑いを浮かべて発した言葉に対してくすくすと楽しそうに笑う声は、何の心配もしていなさそうだった。
 車のエンジン音がふと耳について、外に視線を向ける。スバルの赤い軽自動車が、左隣のスペースに並んで停められた。
 運転席に座る沖矢さんは、眼鏡のブリッジを押し上げながらこちらをじっと見ている。その向こう、助手席にはコナンくんがいた。
 電源の切られた哀ちゃんのスマホからは居場所を追えず、路上のカメラを調べてここを突き止めたのだろうか。

「お迎えね」
「え?」

 助手席の窓の向こう側を指差すと、哀ちゃんはそちらを見てまた深い溜め息をついた。
 読唇術を使われないよう、スマホで口元を隠す。

「コナンくんがいるなら大丈夫よね。どうせ同じところに帰るんだし、乗せていってもらって。貴重品は持っているし、他の荷物はまた明日取りに来られるでしょう?」
「……何時ならいいのかしら」
「そうね、十一時くらいに来てくれる? 杯戸市のショッピングモールでお昼を食べて、ウインドウショッピングでもしましょうか」
「早速ね? わかったわ。大人しく言うことを聞いてあげる。またね、千歳さん」
「えぇ、また明日」

 哀ちゃんは財布とスマホ、それと飲みかけのレモンティーのペットボトルを持って助手席側のドアを開け、車を降りた。
 沖矢さんも車を一度降り、運転席のシートをずらして後部座席に哀ちゃんを乗せた。シートを戻してから、なぜかドアを閉め、わたしの車の助手席側の窓をこつこつと叩いてくる。
 エンジンをかけて叩かれた窓を開けると、沖矢さんは屈んで車内を覗き込んできた。

「……彼女には何もしていませんね?」
「レモンティーをプレゼントしたぐらいね。何か問題が?」
「いいえ。……一歩間違えれば誘拐ですよ」
「そうね、不審な赤い車がつけてこなければ、こんなに遠くまで来る必要もなかったのだけれど」

 咎めるような物言いに対して、こちらも"誰のせいだ"と言外に告げる。
 沖矢さんは溜め息をついて、屈めていた体を起こし自分の車に乗り込んだ。
 シートベルトをつけてギアをドライブに入れ、沖矢さんたちを残して車を発進させた。

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