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「あー! 哀ちゃんとケンカしちゃったおねーさん!」

 偶然とは、こうも上手いこと起こってくれるものなのだろうか。
 時は世間で言う休日の午後、場所は米花町のとある公園。
 仕事帰りに散歩をして公園で休憩していたら、女の子に声をかけられた。その女の子が、お城で哀ちゃんと一緒にいた吉田歩美ちゃんだった。

「あら、こんにちは」
「こんにちは!」

 ひとまず笑顔で挨拶をすると、満面の笑顔で元気のいい挨拶を返してくれた。
 円谷光彦くんと小嶋元太くんらしき少年も、なんだなんだと駆け寄ってくる。
 つい周囲に視線を巡らせたけれど、コナンくんと哀ちゃんの姿は見えなかった。

「あなたたちは哀ちゃんのお友達?」
「うん! 吉田歩美っていうの! こっちが円谷光彦くんでー、こっちが小嶋元太くんだよ! おねーさんは?」
「わたしは穂純千歳」
「千歳おねーさん!」

 にこにこと笑う歩美ちゃんは、哀ちゃんからどういう情報を受け取っているのだろうか。
 喧嘩した、と認識しているみたいだから、誤魔化されているのかもしれない。

「……哀ちゃんは今日は一緒じゃないのね?」
「うん、いつもは哀ちゃんと、コナンくんっていう男の子と遊ぶんだけど……。二人とも用事があるって、最近あんまり遊んでくれないの!」
「つまんねーよな!」
「少年探偵団の依頼もありませんしね……」

 あぁ、ごめんねそれ多分わたしも理由の一部。
 子どもたちの純真無垢な不満に、良心がじくじくと痛んだ。

「少年探偵団、って?」

 情報は得ておくに限る。
 うっかり口を滑らせて、"少年探偵団のことなんて話したっけ?"っていう反応をされても困る。
 そんな思惑になど少しも気づかない三人は、"よくぞ聞いてくれました"と言わんばかりに顔を輝かせた。
 うれしそうに語って聞かせてくれるのに相槌を打ち、三人にもらった情報を頭に叩き込む。

「へぇ、いろいろ解決してるのね」
「そうなんです!」

 話に区切りもついたし、こちらからも依頼を持ちかけようか。
 悩んだところで、歩美ちゃんが膝に置いていたわたしの手をきゅっと握ってきた。

「おねーさん、何か悩んでるの? 哀ちゃんとケンカしちゃったから?」
「あら、どうして?」
「なんか悩んでる感じがしたの!」
「……女の勘ってこわいわね」

 鞄から哀ちゃんへのブレゼントを取り出すと、三人は手元を覗き込んできた。

「綺麗なラッピングですね、贈り物ですか?」
「そう、哀ちゃんへのお詫びなの。でも渡せなくて」
「どうして?」
「居場所がわからないのよ」

 わからなくはないけれど、わかるなら自分で行けと言われるのが目に見えている。

「えー? 歩美たち、おうち知ってるよ! 連れて行ってあげよっか?」
「わたしだってわかったら会ってくれないわ。すごく怒らせてしまったから」
「だったら尚更謝らないと!」
「そーだぜねーちゃん!」
「そう、だからこれを渡してほしいの。哀ちゃんが一番欲しがっていたものだから、きっと喜んでくれるわ。わたしのことを許してくれなくてもいいの、受け取ってさえもらえれば。……お願いできる? 依頼料は、そうねぇ……あそこのクレープなんてどうかしら」

 移動販売車を指差して告げると、三人は二つ返事で請け負ってくれた。
 コナンくんがいたらこう上手くはいかなかっただろうな、と思う。
 三人それぞれに好きなのを買ってあげて、食べ終えてから公園を出ていく背を見送った。
 あとはコナンくんに遭遇して取り上げられないことを祈るばかりである。


********************


 哀ちゃんが気がつけば連絡があるだろうと、オフにした日。リビングでごろごろしていたら、プライベート用のスマホに公衆電話から着信が入った。
 通話ボタンをタップして、スマホを耳に当てる。

「はい、穂純です」
『灰原よ。千歳さん、あれはどういうことなの!?』

 困惑のあまり泣き出しそうな声。
 目の前にいたら頭を撫でてあげていた。

「お詫びの気持ち。おいしかった?」
『えぇ、とっても。私が聞きたいのはその下に隠してあったものについてよ!』

 聞きたいことは忘れてくれないようだ。
 哀ちゃんには怖い思いをさせてしまったし、ひどいことを言ったから、きちんと答えるつもりではいたけれど。
 はぐらかされてくれるならそれでもいいかなと思っていたのも事実だ。

「あぁ、ちゃんと気づいてくれたのね」
『そうでなくちゃ千歳さんに連絡を取ることすらできなかったでしょ。いま米花駅の公衆電話にいるの。これからあなたの家に行くわ。いい、絶対に出かけないでちょうだい!』

 一方的に電話を切られ、呆然とスマホを見つめた。
 シェリーちゃんがメリーさんになった。いやそんなことは置いておいて、哀ちゃん、アクティブ過ぎないだろうか。
 仮にもバーボンと繋がりのあるわたしに会いに来るだなんて。一応零さんには"今日は家に来ないでほしい"とメールを入れておく。
 慌てて化粧を直したところで、インターフォンが来客を知らせた。
 モニターを見れば哀ちゃんが映っていて、緊張した表情でエントランスのドアを睨みつけていた。開けてあげると、哀ちゃんは周囲を気にしながら中に入ってくる。
 後をつけてくる人がいないままドアが閉まるのを確認してから、モニターを切った。
 少し待てば今度は部屋のドアがノックされる。開けると、哀ちゃんが小さな体を滑り込ませるようにして入ってきた。
 口を開こうとするのを人差し指で塞いで、耳を指差した。
 ポケットやパーカーのフードを確認するのを手伝って、スマホも見せてもらう。アプリを入れて細工をされている可能性は高い。
 ……あとは、鞄につけているストラップだろうか。哀ちゃんが好みそうな大人っぽいデザインの、鞠のような飾りだけれど。哀ちゃんがそれを開けてみると、案の定小型の機械が中に入っていた。バッテリーの問題もあるだろうし、出し入れしやすいようにしていたのだろう。
 哀ちゃんは深い溜め息をついて、盗聴器らしき機械を渡してくれた。
 自分のスマホのメール画面に"財布とスマホだけ持って、スマホの電源は落として"と書いて見せると、哀ちゃんは頷いた。

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