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 ベッドの上に座り込んでコール音を聴く。すぐに通話状態に切り替わって、耳触りの良い低い声が聞こえてきた。

『はい、安室です』
「穂純です。ごめんなさい、寝室にスマホ放って書斎に行っちゃってて」

 電話の向こうでくすりと笑う声が聞こえた。

『そんなことだろうと思ったよ。……今は大丈夫か?』
「あとは寝るだけだし、明日も早くはないから大丈夫」

 安室さんの番号でかけてきたけれど、零さんとして話をしてくれるらしい。

『千歳に確認したいことがあってな』
「うん、なぁに?」

 枕に頭を沈めて天井を見上げながら、返事をする。

『二日ほど前に、毛利一家と鈴木園子さんに接触したんだ』

 ミステリートレインの後、その組み合わせと接触した、となれば。

「あー……テニスした? コナンくんの頭にラケットが当たった?」
『あぁ、それについては覚えてるのか』

 "話が早くて助かる"と言いたげな明るい調子の返答。こちらが返事に詰まる。

「……安室さん出てたし」

 安室さんや赤井さんが登場するのが重要な話のときだからということもあったし、単純に好きなキャラクターだったのだ。ミーハーだと笑われるかもしれないけれど。

『なるほど』

 また笑い声が立てられた。彼が楽しそうにしてくれるのはいいのだけれど、自分のことを笑っているので怒りたいような気もする。
 こほんと咳払いをして、そんなもやもやした気持ちを振り払った。

「それで、何か気になることがあったの?」
『あぁ、千歳の素性を探ってくる相手……複数いると睨んでいるが、そのうちの一人はコナン君だな?』
「相変わらず鋭いのね。そうなの」
『ポアロで千歳が嘘をついているのを見たときは、子ども相手に何をそんなに……と思っていたんだがな。好奇心旺盛でちょろちょろ動き回るから気にしていたら、闇雲に見て回っているようには思えなくなったんだ』
「……そうなるわよね」

 ただでさえ組織随一とまで言われるほどの観察力を持つ零さんのことだ、コナンくんのことだって少し見ていればわかるだろう。ごく普通の小学一年生が好奇心のままに事件現場を探検しているわけではないということは。

『ポアロのバイトにも復帰するから、息抜きに来るように』
「うん」

 白河さんは、あのとき何も知らずに高額バイトの募集に釣られたことになっている。だから当分、表立っての接触はできない。今日も平日の昼間、小学校の時間と被るように予定を調整したのだ。風見にもわたしが警戒されているうちはあまり近づかないでほしいとお願いしてある。
 しばらくは逆恨みの線もあるからと、遠くから警護されることにはなっているけれど。

「……零さんは」
『ん?』
「お休みとかあるの?」
『あぁ、適当に取ってる。どうした?』

 適当に、とは。公安の方はしょっちゅう顔を出すわけじゃないし、探偵業はわたしと同じで仕事の都合如何でいくらでも休みにできる。ポアロのアルバイトはシフト制だし、組織からの任務もなければ休めはするだろう。彼の場合個人的な調べごとをたくさんしているから、休めているかは疑問が残るけれど。

「風見とも白河さんとも会えないでしょ? 宇都宮さんにもあまり近づかない方が安全だろうし。……遊び相手がいなくて寂しい」
『遠回しなデートのお誘いだな。今度ドライブでもするか?』
「! うんっ」
『休みを決めたら連絡する。ポアロではあまり話さない方がいいんだよな』
「コナンくんはもうしょうがないけど……イケメン店員さんのファンに睨まれたくないもの」
『……だよな』

 電話の向こうで零さんが苦笑いしているだろうことは容易に想像できた。
 相変わらず友人と呼べる存在は増えていないので、宇都宮さん、風見、白河さんとの接触を控え、哀ちゃんと会うこともないとなると、仕事以外で人に会うことがとんとなくなってしまうのだ。

『……辛くないか?』
「なにが?」
『疑われるのは……気持ちのいいことじゃないだろ』

 そもそもあの潜入捜査をしなければ、コナンくんたちからはただの不審な女としてつつかれるだけで済んだかもしれない。
 それを気にしているのだろう。

「まぁね。でも、疑われてでも守ってあげたい子はいるし、ジンに風穴開けられるよりずっとマシ」
『極論だな。警察に協力していたと言えば済む話じゃないのか』
「んー……それも考えたけど、結局素性について探られるのは変わらないかなって思って。バーボンと手を組んでいるってところから、あなたがスパイだって知られても困るしね……」

 いずれは調べ上げられてしまうかもしれないけれど、わたしのせいで零さんの素性がバレるのは避けたいところだ。
 そうやって足を引っ張るのだけは嫌だった。

「何より、零さんが信じてくれるならそれでいい。悪いって思ってるんだったら、たまに遊んでね?」
『はは、喜んで』
「わたしが零さんを責めることはないから。絶対に」
『……あぁ、ありがとな。その言葉に、救われる』

 少しだけ掠れた声のせいで、彼の泣き出しそうな切ない笑みが脳裏に過る。
 弱いところを見せてくれることをうれしいと思いながら、いつか会えなくなるからこそかもしれないと切なくなって。
 "帰りたい"と願っているのは自分自身のくせして、矛盾ばかりで嫌になる。

「大げさね。デート、楽しみにしてる」
『あぁ、いいプランを考えておく。……おやすみ』
「おやすみなさい」

 通話の切れたスマホを充電器に繋いで、リモコンで部屋の電気を消す。
 布団に潜り込んで哀ちゃんにデータを渡す方法をあれこれ考えているうちに、眠気が襲ってきて気がつけば眠りに落ちていた。

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