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午後は来客や電話があれば都度対応の手本を見せてもらいながら、手紙の翻訳作業に徹した。
いつもとやることは同じなので、その作業自体に特に難しいことがあったわけではない。サラさんにも仕事が速いと喜んでもらえた。
内容にいくつもまずいことが見受けられたのが、引っかかりはするけれど。三週間後のイベントのこともあったけれど、普段から取引を行っている人間とのやりとりもあった。皆が普通に訳しているのは、この中世ヨーロッパのお城のロールプレイのような異様な空間に順応してしまっているからか、それとも知ってはならない情報だと口を噤んでいるからか。
どうやらこの城の主は裏で武器商人なんかもやっているらしい。日本に来ていたトラウトが逮捕されて、ビジネスチャンスだと盛り上がっているようすだった。
午後の五時には業務が終わって、夕食をとる。それからドクターの部屋に食事を運び、食べ終えたら入浴するようにと念を押して退出する。
ドクターの食器を返却すればそれで仕事は終わりなので使用人宿舎に戻って、大浴場に行く気にはなれずシャワーで汗を流した。
共用の洗面所でスキンケアをして髪を乾かし、歯磨きをして。寝る支度が整ったところで、自室に戻った。
部屋の鍵を閉めてパソコンをつけ、八時になるのを待って有線でパソコンをインターネットに繋ぐ。すると、勝手にチャットアプリが開いた。
『藤波です。繋がった?』
『繋がってます』
『よし、回線の保護は万全。降谷さんもいるよ。とりあえず今日の報告をしてくれる?』
割り振られた仕事についてと、お城の内部事情。ドクターの研究内容と、三週間後の逃亡計画。逃亡のために、ルートを検討してほしいと頼まれたこと。今日一日で得た情報を打ち込んだ。
『レフラが逃亡計画を企てていたのは僥倖だな。その協力者に千歳を選んでくれたのもだ。このまま懐柔されていてくれ』
『了解』
いま書き込んでいるのは零さんだろうか。
逃亡ルートの下調べは白河さんにお願いすることにした、という返信もきた。ドクターに怪しまれないように適度に地下の下見に行く必要はあるけれど、ドクターの研究室は地下にあるのだから、食事中に行くのがいいだろう。
それから、黒川さんと示し合わせて取った行動についても報告した。
『こんな感じでとりあえずの接触はしたから、食事や休憩の合間に何回か接触して、メイドに聞かれやすい場所で告白するつもり』
『降谷さんが物言いたげな顔してるよ』
『なんて?』
『堂々と浮気宣言された感じがするって言いたげな顔おdskjf』
不自然な状態で送信されてきた。
首を傾げていると、また発言が送られてきた。
『叩かれた。パワハラだ』
『余計なこと言うから』
『穂純さんも味方してくれない!』
楽しそうなやりとりに、ついつい笑ってしまった。
手紙で見た内容もいくつか伝えて、報告はおしまいだ。藤波さんは回線の保護に集中したらしい。
『無理してないか』
『無理?』
『あまり素の自分と乖離した性格を演じていると疲れるぞ』
白河さんからもわたしがどんな雰囲気だったか聞いているのだろう。
確かに、ドクターに対してもサラさんに対しても、いつもの可愛げのない態度は取らなかった。けれどそれだって、ある意味ではわたしの本来の性格とは乖離している。
別に飽きたわけでもないけれど、三週間ぐらいならとその演技自体は楽しんでいるのも事実だ。
『元々似たような状況だったもの。気分転換になるぐらいね』
『それならいいけどな。無理だと思ったらすぐに言ってくれ』
『うん、ありがとう。ひとつ、聞きたいことがあるんだけど』
『なんだ?』
教えてくれるかはわからないけれど、わたしが尋ねる以上何かあると察してくれるだろう。
『最近、車ぶつけたりしなかった?』
『一昨日の夜、誘拐されたというよりは自分で車に乗ったみたいだが、事件の犯人と一緒にいたコナン君を助けるためにな。昨日千歳に会いに行けたのも、それで車を壊してベルモットに足にされる予定がなくなったからなんだ。ベルモットからは彼らの信頼を得ろと言われていたからいいんだけどな』
『そっか』
やっぱり車を壊していた。
話を聞く限りでは、バーボンの正体の候補が安室さん、沖矢さん、世良真純ちゃんに絞られたあたり。これは、近いうちにミステリートレインに乗る可能性もないことはない、と言えてしまう状況になってきた。
『何か気になるか?』
『大丈夫。それが聞きたかっただけだから』
『そうか。今日は自分の用事はないか?』
『初日でばたばたしたから何も』
『そうだよな。じゃあ、少し世間話でもしようか』
零さんは探偵としての守秘義務に反しない程度に、コナンくんを助けるために車の左側をぺしゃんこにしたことを教えてくれた。
漫画で読んだときも純黒の悪夢の映画を観たときも思ったけれど、ものすごいドライブテクニックだ。間違ってもそんな場面で隣に乗りたくはないなと思った。
それにしても、心配されているなと思う。今こうして世間話をしてくれるのも、ある意味では異様とも言える空間に身を置いているわたしを気遣ってのことだろう。悪意のある悪戯をされたことも伝わっているから、というのもあるかもしれない。
返信が少し遅くなって眠くなっていることを見抜かれたところで、通信は終わった。有線LANを抜いて、パソコンのネット接続を切る。
ペン型のレコーダーのマイクロSDカードから、持ち込んでいたUSBにデータを移して空にする。元々長い時間録音できる高機能なものだけれど、小まめに移動しておくに越したことはない。適度に半日の休みが挟まれるので、そこで仕事と並行して聞いてみようと決め、USBを鍵付きの小箱に仕舞って隠した。
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