09

 ロングカクテルのアマレット・ミルクを飲み終わり、二つ隣の席の男性が注文した一杯目を受け取ったところで、お気に入りのカルーア・ベリーとガトーショコラを注文した。
 ベリー系とショコラの相性はとても良く、このお店は女性もターゲットとしているので、デザート系のメニューが豊富で味も良い。

「やっぱり甘いものが食べたいときはここに来るに限るわね」

 待つ間の暇つぶしに話しかけると、バーテンダーの彼はテーブルの水滴を拭いながら嬉しそうに笑った。

「それは何よりです。穂純さんはご自宅ではお酒はあまり?」
「炭酸苦手なの。一杯とか二杯分で、そのまま飲めるのが手軽にあればいいんだけど」
「あぁ、確かにスーパーなんかにある缶のカクテルは大抵炭酸入りですよね。かといってカクテル用のリキュールをボトルで買っても残してしまったり」
「そうなのよね。それに、バーテンダーさんに相談した方が外れないもの。弱めにって言えばそうしてくれるし」
「美味しく飲んでいただくのが一番ですから。今度から炭酸が入るものは事前にお教えしますね」
「本当? ありがとう」

 入店するなり声をかけてきた若い男性の誘いを軽くあしらいつつ、完成したカクテルを目の前に置かれてその色を眺めた。
 載せられたフランボワーズの赤色が明かりを艶めかしく照り返し、ベリーの甘酸っぱさを想起させる。ミルクの下に沈むコーヒーリキュールとクレームドフランボワーズの混ざった暗い赤は、バーの雰囲気にぴったりだった。

「これ、混ぜたら台無しにしてしまうかしら」
「いいえ、大丈夫ですよ。もう少しかき混ぜましょうか」
「そうしてくれる?」

 リキュールが沈んでいると、あとからアルコールが強くなって少し飲みにくい。
 それもわかったうえでの提案に頷いて、マドラーでくるくるとかき混ぜてもらい、ミルクと均等に混ざり合ったものに口をつけた。

「ふふ、おいしい」
「ガトーショコラもきましたので、どうぞ」
「ありがとう」

 クルミを練り込まれた生地はココアのほろ苦さを含んでいて、表面をコーティングするチョコレートクリームの上品な甘さと相俟って、味も食感も飽きがこない。
 馴染みの彼が接客のために離れたので、黙々とケーキを崩した。小さめのケーキは、お腹をいっぱいにすることがなくて良い。
 もう一杯何か飲んで、ナッツでも食べようかと思っていたところに、電話がきた。
 別段電話をして煙たがられるところでもないので、画面に表示された"エドガー・クラウセヴィッツ"という文字に、"一週間後のパーティーのことか"と気軽に考えながら通話ボタンをタップした。

≪ハァイ、エド≫
『やぁ、チトセ。そちらは夜の8時で間違いないかな』
≪えぇ、そちらだと真っ昼間でしょう? 忙しいでしょうに、お気遣いありがとう≫
『いやいや。さて本題だが、今週の土曜のパーティーに、やはりトラウトが参加してくるようだ』
≪トラウトが?≫

 オットマー・トラウト。違法に武器を取り扱う武器商人で、逃げるのが巧く、そのついでに人を殺すことも多いという、インターポールの指名手配リストにも載っている凶悪犯。
 宇都宮さんは奥さんを危険な目に遭わされているし、二度と聞きたくない名前だろうな、なんて思う。
 彼の目的はエドの会社の輸送ルートに入り込むことみたいだから、今回のパーティーにも顔を出すつもりなのだろう。

≪前回もだけれど、どうやって嗅ぎつけてくるのかしらね。それで?≫
『奴は腕利きを何人か雇っているらしい。強硬手段に出てきそうだ、ということだ。チトセ、危険かもしれないから無理に参加しなくてもいい』

 今回、ドイツ語と英語しか話せないという彼のために、通訳を引き受ける約束をしている。今からでは新しい通訳者、それも身の危険を覚悟してきてくれる人間など見つかりはしないだろう。

≪……なるほどね。トラウトも、いい加減諦めればいいのに。それだけあなたの握っているルートが魅力的なんでしょうけれど≫
『何度断っても聞かんからなぁ。チトセも、危険だから来るなと言っても聞かんだろうが』

 エドはわたしのことをよくわかっている。
 彼にはとても感謝しているのだ。今の仕事を始めるきっかけになった人なのだから。

≪ふふ、正解。わたしは大丈夫よ、自分の選択の責任は自分でとるわ≫
『なに、チトセにそこまで負わせる気はないよ。奴はアメリカでもいろいろやっているようでね、あまりにも広い地域で事件を起こすものだから、FBIに管轄が移ったそうなんだ。ちょうど、FBIの知り合いが日本で休暇旅行をしていてね。潜入させることを条件に護衛を頼めないか、交渉しようかと思っている。なに、私と歳が近くて指揮権も持っているような人間だから、そう難しくはないだろうさ』
≪なるほど≫

 日本で休暇旅行をしていて、エドと歳が近い、指揮権を持つFBIの人間。
 うう、聞いてしまいたい。"その人、ジェイムズ・ブラックって名前だったりする?"と。墓穴を爆薬で掘るようなとんでもない質問になってしまうので、絶対に口にはしないけれども。

≪そういうことなら、エドに任せるわ。ヘレナはどうするの?≫
『パートナーがいるなら連れて行かなければならないんだよ』
≪でしょうね。承知したわ≫

 三人の護衛を一手に引き受けてくれる人間などいるのだろうか。
 まぁいいか、素人ではどうにもならないことはその道のプロに任せよう。
 通話を終えて、スマホをバッグにしまう。
 ティフィン・ミルクとナッツの盛り合わせを注文して受け取ったところで、二つ隣に座っていた男性が立ち上がった。
 会計でもするのかと思いきや、一歩こちらへ寄ってきた。


「失礼、先ほどのお電話口で"エド"、"トラウト"という名前が聞こえましたが。――それについて伺ってもよろしいですか」

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