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「わかったわ、わたしが何とかしてみせる」

 断言すると、降谷さんも藤波さんも驚いた様子でこちらをまじまじと見てきた。

「えっ」
「できるのか?」

 降谷さんのまっすぐな視線を見つめ返して頷く。

「ちょっと捨て身だけれど、どのみち最後には検挙するんでしょう?」
「あぁ、それはそうだが……」
「一週間はかけないわ」

 内部事情をどれだけ早く理解できるかにかかっているけれど、それもお城の中をうろつくうちにわかるだろう。
 何より、噂話を拾うのはわたしの十八番だ。

「……それなら、任せる」
「え、正気ですか降谷さん」
「これに関しては多少失敗してもどうにかできるだろ。策があるなら試そう」
「あー……、そういうことなら、そうですね、任せますか」

 藤波さんも納得してくれたようだ。
 それから、白河さんが可能な限り流してくれた情報を読み合わせた。分厚い資料の大半はそれについてだった。
 お城の中ではヴィクトリア朝時代かと言いたくなるような使用人制度が敷かれているらしい。とはいえ職務別に分かれているので、その当時のように仕事が被るということもないようだ。
 現在白河さんはガードマンとして、城内の警備や、入場者のチェックをするポーターの役割を持ち回りでこなしているらしい。
 わたしが上手く雇われることができれば、与えられる役はパーラーメイドが近いと言われた。とはいえ残っているのは接客の部分のみで、給仕はしない。どうにもいま慌てて募集しているのは前任の多言語に精通した人間が辞めてしまったからだそうで、電話と来客応対、手紙の翻訳の仕事がメインになるようだ。これまでのわたしの仕事の実績からも、そこはできると思ってもらえるだろうとのことだった。
 あとは自分の経歴、そして書類が届くので安室透名義のセーフハウスを自分の住所としてきちんと言えるように、降谷さん――というよりは安室さん――を相手に雑談の中で話題を振ってもらって練習した。いっそ普段からこの経歴を頭に入れておいた方がいいのではないかと思うほど隙がない。こういう機会でもなければわざわざ話すこともないので、考えても詮無いことだけれど。

「――こんなところか。問題なさそうだな」
「元々正しい話なんてしないもの」

 口にせずにはぐらかすよりずっと楽だ。
 そういう意味も込めて答えると、降谷さんはふっと口角を上げた。

「そこは千歳の強みだな。明後日はタクシーで行けるか? 領収書だけ切っておいてくれ」
「わかった」
「じゃあ穂純さん、僕らは時間差で出るから先に帰ってくれる?」
「えぇ、それじゃあまた」

 打ち合わせはひとまず終わり。次に会うのは面接の結果が郵送されてからだ。
 帰ったら本の整理をして、明日は降谷さんたちの手伝いのために買った本を読み込もう。買い物もしておかないと。
 荷物が増えるなぁなんて思いながら、車に乗り込んだ。


********************


 面接に仕事の調整にと忙しくしているうちに日が過ぎ、気がつけば面接から三日が経っていた。
 安室さんから連絡がきて、面接で伝えた安室透名義のセーフハウスに来るようにと言われた。多分、面接の結果についてだ。
 仕事の調整も終わって暇だったので、二つ返事で了承して車で指定されたマンションに向かった。
 インターフォンを鳴らしても口を開かない。その約束を頭の中で反復しながら、部屋番号を呼び出す。
 すぐに自動ドアが開いて、付近に誰もいないことを確認してから中に入った。
 初めて入った建物の中は、つい見回してしまう。目的の部屋に着いてドアをノックすると、安室さんが出迎えてくれた。

「こんにちは、穂純さん」
「こんにちは」
「どうぞ、上がってください」

 促されるままに部屋に上がる。
 生活感はなく、最低限の家具のみが置かれているだけだ。いざという時の退避先であって、普段から利用している部屋でもないのだろう。
 リビングに通されて、シンプルなダイニングテーブルの脇に置かれた椅子に座った。

「面接の結果が来た」
「そうだと思った。合否は?」
「合格だ。四日後から城に入ってもらうことになる」

 渡された封筒の中身を取り出して見てみると、確かに採用通知だった。労働契約書と当日の持ち物などの連絡が書かれている書類もある。
 労働条件については面接の段階で擦り合わせをして、お互いに納得できれば採用、ということになっていた。相手の要求を呑むだけでは怪しまれてしまうからと適度に要求も伝えてあったのだけれど、無事通ったらしい。

「……良かった」
「労働契約書にサインをして、当日持って行けばいい。持ち物は書いてあるとおりだ。それと、こちらから支給する通信機器を持って行ってくれ」
「わかったわ。……本当に翻訳の仕事はしてもいいの?」

 降谷さんからは、翻訳の仕事は納期を詰めすぎなければ受けてもいいと言われていた。
 パソコンは支給されたものを持って行って、データは基本的にUSBに入れておく。毎日決められた時間だけ有線でインターネットにつないで、藤波さんとの情報交換が終わったら、残りの時間でクライアントにメールをしたり、翻訳する元の文書をダウンロードしたりしていい、ということだった。

「あぁ、回線は藤波が保護するから、外部とのやりとりができるのはその間だけになるが」
「仕事ができるだけで十分ありがたいから、大丈夫。……頑張るね」

 白河さんが捜査しやすいように立ち回ること。
 フィンランド人の科学者と接点を持つこと。
 可能な限り、城の主の外部とのやりとりの情報を仕入れること。
 やることは多いし、特に三つめはリスクが大きそうだ。

「……すまないな、危険なことは絶対にさせないと約束したのに」

 静かに謝罪され、はたと思い至る。
 身分証を預けたときの約束を反故にしそうになっていることを気にしているのだろうか。
 慌てて首を横に振った。

「零さんは"でき得る限りでいいから協力要請に応じてほしい"って言ってたでしょう。わたしが"できる"って判断したからやるの。白河さんもいるのだし、そんなに心配してないから。謝らないで」

 きっと、少しずつ事情は変わっている。
 零さんははっきり言わないけれど、そんな気がしていた。
 それがわたしにとってどんな変化かはわからないけれど、こうして現場に行けと言われているのだから、それなりに使えるとは思われているのだろう。
 あまり危険なことをさせられなければいいなと思っているけれど、それも難しい気はしている。わたしの話を信じるのなら、わたしはいなくなっても問題のない存在だから。今は、零さんが利用価値を生み出してくれているから最低限の安全が保障されている、といった具合のはずだ。

「……そうだな。ありがとう」

 謝罪の言葉をお礼に変えた零さんは、少し安堵したようだった。
 これからしばらく、会えなくなる。役に立てることがうれしくもあり、会えないことが寂しくも心細くもあり。
 正負両方の感情が混ざり合って、複雑な気分だ。
 ポアロでのアルバイトの時間が迫っているという安室さんから書類を受け取って、足早にセーフハウスを後にした。

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