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 結局どっさり買った本の合計額は五桁に上り、カードで支払って会計を終えた。コナンくんに買ってあげたのは経費から抜かないとなぁと思いながら、経費用のクリアファイルにレシートを挟む。
 本が詰まった布製のトートバッグを肩にかけようとしたら、また沖矢さんに奪われた。

「自分で持つわよ。仕事に必要なものなんだし。どうせ車だもの」
「では車まで」

 聞いちゃくれない。
 こういうところは赤井さんなんだよねぇと思いながら、車の場所がわかっているらしい彼のあとを仕方なくついて歩いた。
 車に着いて後部座席に乗せてもらい、お礼を言う。沖矢さんは"どういたしまして"と返すだけであっさりと引き下がり、自分の車の方へ歩いて行った。
 なんだか拍子抜けだ。……これから送って帰らなければならない小さな名探偵に何か吹き込んでいった可能性も残るけれど。
 本の入った紙袋を大事に抱えるコナンくんを助手席に乗せ、車を発進させた。

「千歳さん、これまでもパーティーとか商談とか通訳してたよね。なんで今になって?」

 ほら来た。
 予想はしていたので、切り返しの言葉はすぐに浮かんだ。

「今まではあまり堅苦しくなる必要なかったのよ。知人の紹介だったから」
「今度はそういうんじゃないんだ? いつも紹介されたお客さんからしか依頼は受けないのに?」
「あら、コナンくんにそんなこと言ったかしら」
「うーん、誰に聞いたんだっけなぁ」

 コナンくんもはぐらかすという策を取ってきた。
 話はそれ以上広げないようにして、コナンくんに何の本を買ったのか聞いてみる。
 コナンくんのすぐに興味はそちらに移り、嬉しそうに語る声に相槌を打ちながら、毛利探偵事務所に無事に送り届けた。
 事務所の前に車を停めたついでに、メールをチェックする。プライベート用のスマホにメールが来ていて、それは近くの貸会議室の部屋番号だけが記された藤波さんからのものだった。そういえば、そろそろ打ち合わせをしたいとか言っていたっけ。
 車で来てはいけないとも書いていないし、降谷さんの車は相変わらず近場にあるし。歩かせないようにと気を遣ってくれたのだろう。
 駅前まで車を走らせ、指定された場所に向かった。
 貸会議室のあるビルの前では藤波さんが待っていて、無言のまま車の中の盗聴器のチェックをしてくれた。トートバッグには特に何もしかけられていなかったので安心した。本を整理するときに処分されてしまうのがわかりきっていたからだろうけれど。スマホの電源を切りつつ、先に建物の中に入っていく藤波さんの後を追う。
 会議室に入ると、降谷さんが待っていた。

「対応はとりあえず合わせたが、あれで良かったか?」

 くっつけた二本の長机の右手に座る降谷さんは、正面の席を勧めてきた。
 素直に勧められた席に座りながら、頷く。

「うん、ありがとう。あっさり知り合いだって指摘されちゃった」
「その割に焦りは顔に出ていなかったな。あと、結婚詐欺師の話は上手かった。恋人がいない理由もでっち上げたんだから、尚のこと僕との繋がりは想定されないはずだ」
「ふふ、及第点?」
「大変よくできました、かな」
「ハイそこいちゃつかないー。会議しますよ!」

 ポアロにいたときと違い悪巧みをするような笑顔でやりとりをしていたわたしと降谷さんの前に、どさっと音を立てて資料が置かれた。
 藤波さんは降谷さんの隣の椅子の後ろに立ったまま、資料の一部を手に取る。

「さて、まずは明後日に迫った面接の話。経歴は一番上の資料にある通り。この話し合いが終わったらすらすら答えられるように練習しよう」

 職業は個人事業主。事業内容は通訳、翻訳。そこまで見て、藤波さんの顔を見上げた。

「……変わらないわね?」
「実績を調べられても問題ないように、基本的には穂純さんの設定そのままだよ。学歴だけこの通り記憶しておいてね」
「了解」

 面接の内容については先にガードマンとして潜り込んでいる白河さんから情報が流れてきているので、降谷さんたちが対策を練ってくれている。
 ちょくちょくメールで教えてもらい、返答も考えていたので、面接に関しては心配していない。

「次は、先に潜ってる白河さんの話です。正直動きにくい状況みたいです」
「というと」
「あの城って女性の使用人が多いし、閉鎖的な空間でしょう。ガードマンっていう強い男の職に就いてる人間は、特に恋愛対象になりやすいらしいんですよね。それで、そこに白河さんがガードマンとして加わりました。まぁあの脚力ゴリラ……こほん。強さなので引けを取ることはないと思うんですが、あの人ってば"黒川恵梨"のときは女性らしさが八割ぐらい増すでしょう。どうにも、女性たちのやっかみの対象になるみたいで」
「なるほどな」

 確かに黒川さんは、ボディーガードの時なんかには特に上品に見えるよう心がけている。
 ガードマンという役職の中で紅一点ともなれば、図らずも気遣われるという結果になるのだろう。それが、他の女性使用人にとっては面白くない、と。

「……具体的には?」
「ん? えーっと、噂好きで広めるのも早い、比較的上の立場の三人のメイドがいてね。媚びを売ってるとか何股もかけてるとか、ないことないこと広められたみたい。嫌がらせも多いらしくて大変そうだよ。情報を得るために会話を弾ませたのも良くなかったみたい。動向を気にされてしまって動きにくいってさ」
「……ふぅん」

 多分白河さんは嫌がらせをされることに対しては何とも思っていないけれど、一般人のしょうもない嫌がらせのせいで捜査が思うように進まないことにはストレスを溜めているはずだ。
 何かいい策はないだろうか。

「さらに予想されるのが、穂純さんへのやっかみだね。来客応対に打ってつけの天才的な語学力と、城の看板にしても問題のない容姿。多分どの性格で潜り込んだとしても、そうならざるを得ないと思う」

 愛想笑いひとつでストーカーを生み出してしまったことからも、趣味の自分磨きの成果が存分に出ていることは自覚した。
 使えるものはとことん使ってやろうという考え方もできるようになった。
 何より目の前に自分の容姿の整い具合を自覚したうえでそれを利用して立ち回っているいい例が存在しているので、それに比べれば幾分かは謙虚なのではないかと思う。

「つまりは、男性の使用人と黒川さんが親しくなりすぎているんじゃないかっていう勘繰りと、わたしへの恋愛感情になり得る興味を一気に引き剥がせばいいのよね」
「まぁ、できるなら……だけど」

 藤波さんは困った様子で頷いた。本当ならそれがベストだけれど、策を考えあぐねているようだ。
 白河さんとわたし、それぞれの問題を単独で解決することは難しそうだけれど、まとめてなら解決できる気がしてきた。

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