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「へぇ、千歳さんはミステリーは読まないんだね」
「難しいことを考えるのは嫌いなの」
「そうなんだぁ」

 コナンくんの"嘘じゃねーか"と言いたげな引きつった笑顔。確かにあれこれ考えるようにはなったけれど、仕方なしにやっているのだし、ミステリーを嗜まないのは事実である。
 十七歳の男の子とはいえ、子どもらしく振る舞わなければならないという制約があるとはいえ。頭のいい彼を手玉に取るのはちょっぴり面白い。
 いくつも適当な嘘をついた。矛盾を見つけるたびにコナンくんが困ったような顔をするから、ひとまずはこちらの思い通りになっている。
 ちらと見遣った先にいる、コナンくんの背後の安室さんは、穏やかに微笑みながら調理を続けていた。
 探りを入れてくる相手に、自分を嘘つきだと思わせる。わたしがそう振る舞っていることで、安室さんもわたしが探りを入れられたくない相手が目の前の小さな探偵なのだと察しているだろう。知らない人のふりをしてとお願いしたのが呆気なく霧散したので、対応を変えたこともわかってくれているはず。
 出来上がったハムサンドを持ってこられて、会話は自然に途切れ食事に意識が向いた。
 調理手順は見ていなかったけれど、ひと手間加えたおいしいものなのだろう。
 コナンくんが食べ始めるのを見守ってから、手を合わせて、ハムサンドを手に取った。
 指に馴染むような、少ししっとりしたふかふかのパン。しゃきっとした程よい温度のレタスと、オリーブオイルの塗られたハム。隠し味にと味噌を入れられたマヨネーズ。パン屋さんがレシピを知りたがるのも無理はないくらいおいしい。

「……おいしい」

 ぽつりと素直な感想を零すと、安室さんは嬉しそうに笑った。

「それは良かった。得意なメニューを褒められると嬉しいものですね。どうぞごゆっくり」

 昼時なので客も増え、その対応に忙しくなるようだ。
 席も埋まるだろうと味わいつつも手早く食事を終えて、車にコナンくんを乗せて杯戸市に向かうことになった。
 嬉々として助手席に乗ったコナンくんは、シートからはみ出た膝から下をぷらぷらさせている。

「コナンくんはミステリーは何が好きなの?」
「千歳さんもわかると思うよ、シャーロック・ホームズが好きなんだ!」
「名前くらいは聞いたことがあるわ」

 しかし語れるほどではない。
 コナンくんが嬉しそうに語るのに任せて、相槌を打ちながら愛車を走らせた。
 よくお世話になる大型の書店に着いて、広い駐車場に車を停める。
 うきうきした様子で中に入っていくコナンくんのあとを追って、カゴを手に取った。

「5冊までなら、ハードカバーのものでも何でもいいわよ」
「本当!?」

 どうやら何かシリーズで欲しいものがあるらしい。
 こっちこっちと手を引かれるまま、ミステリーのコーナーへ歩いていく。
 滅多に立ち入らない棚を眺めていると、横から声がかかった。

「おや、奇遇ですね」

 声の主は、沖矢さん。何が"奇遇ですね"なんだろう。
 哀ちゃんの気持ちがわかった気がする。

「昴さん! こんにちは」
「こんにちは、コナン君。千歳さんも」
「さっきぶりね、沖矢さん」

 コナンくんは嬉しそうに挨拶をし、沖矢さんは屈んでコナンくんに合わせて挨拶をした後、また立ち上がってにこりと笑いかけてきた。
 小脇に工学系の本を抱えているものの、ミステリー小説も気になって見ている、といった感じだろうか。

「あぁ、お礼ですか」
「そうよ、時間があるみたいだったから連れてきたの」

 音の外れた鼻歌を歌いながらハードカバーの本を手に取る姿を眺める。
 ああしていると見た目と釣り合っているなぁと思う。持っているのは小難しそうな小説だけれども。

「コナンくん、少しここで選んでいてもらってもいい?」
「うん、いいけど……」
「わたしも買わなくちゃいけない本があるの。すぐ探してくるわ。沖矢さん、コナンくんのことお願いできる?」
「……えぇ」

 沖矢さんがいるなら予定変更。ネットで注文する予定だった本をここで探すことにした。小学一年生であるコナンくんの面倒を見ていてもらうという体裁でなら誰にも怪しまれないし、ついでに厄介なタッグの質問をかわすことができる。
 探すのはいくつかの外国の文化の本と、来客応対の際のマナーと言葉遣いに関する本。前者は本業に必要なものだけれど、後者は降谷さんたちの手伝いのために必要なものだ。ある程度は前の会社でも研修で教わったけれど、やっぱり確かめておきたい。
 秘書検定を取れるレベルでいいかと、検定向けの本と、気になったので言葉遣いに関する本は別で選んでカゴに入れた。
 大きいトートバッグはあるし、多少重くなっても伸びた袋で手が痛くなることもない。
 一通り必要な本をカゴに詰めたところで、ミステリー小説の並ぶコーナーに戻った。あれこれ楽しそうに沖矢さんと話しているけれど、カゴが腕に食い込んで痛いので会計は早めにしてしまいたい。

「コナンくん、決まった?」
「あ、うん……うわぁ」

 コナンくんがカゴを見てちょっと引いた。
 まぁ、見ていたらあれもこれもと気になってしまってカゴに突っ込んだのは事実なのだけれども。

「見てたらつい気になっちゃって」
「そうなんだ……」

 レジへ行こうとコナンくんを促したら、カゴを引っかけていた腕が突然軽くなった。

「持ちましょう」

 ひょいとカゴを持っていったのは沖矢さんで、振り返ったときにはレジに向かって歩き出していた。

「千歳さん、行こうよ」
「え、えぇ……」

 横を歩くコナンくんは選んだ本を大事そうに抱えて歩いている。
 とりあえず詮索は避けられそうだと思っていいだろうか。
 鞄から財布を出して、カゴの中身はトートバッグに詰めてもらえるようにお願いをしながら、隣のレジで会計をする沖矢さんをちらと横目で見た。

「秘書検定ですか。改めて取る必要性が出たんですか?」
「そんなところ」

 にっこり笑って返すと、沖矢さんはそれ以上わたしが答えることはないと悟ったのか口を閉ざした。
 ちょっとマナーを勉強するぐらい気にしないでほしい。
 そんな願いは虚しく、今度はコナンくんからの不思議そうな視線が突き刺さってきた。

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