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 毛利探偵事務所の近くの駐車場に車を停め、はたと周囲を見たら見覚えのある白い車が停まっているのが見えた。
 マツダのマークで、ナンバーは7310。後ろが見えないので車種がはっきりわからないけれど、ほぼ間違いなく降谷さんのものだ。
 ポアロで働いている可能性が高い。うっかりお昼時に来てしまったけれど、コナンくんと予定を合わせるだけにしておくべきだろうか。
 ちらりと窺ったポアロの店内には、目立つミルクティー色の髪は見受けられない。
 悩みながら、ひとまず毛利先生に会おうと思い脇の階段を上った。

「千歳さん」

 頭上から声をかけられ、足元を見ていた顔を上げる。
 コナンくんが二階の事務所の前の階段に座っていて、わたしと目が合うとすっと立ち上がった。

「こんにちは、待ってたよ!」
「ふふ、こんにちは」

 待ちきれなかったのだろうか。
 こういうところは少年らしくて可愛いなぁと思う。
 階段を上りきると、コナンくんは事務所の扉を開けて毛利先生にわたしが来たことを伝えてくれた。
 中に入ると、毛利先生はデスクで慌てたようすでネクタイを締めていた。電話でもそんな感じがしたけれど、今日は娘の蘭ちゃんはいないようだ。

「こんにちは、毛利先生。ご挨拶が遅くなってしまって申し訳ありません」
「いらっしゃい、穂純さん。いやぁ、元気になったようで良かった良かった!」

 頭の後ろを掻きながら満面の笑みを浮かべる姿から、純粋に心配してくれていたことが窺える。

「助けていただいたんですし、本当ならきちんと報酬をお支払いすべきなんでしょうけど……」
「ボウズと友人のところの居候に頼まれたことです。こうして元気な顔を見せてくれただけで十分ですよ!」
「えぇ、そう仰ってくださったことはコナンくんからも聞いていて。なのでこれはささやかですがわたしからの気持ちです」

 百貨店で手に入れてきたビール券の入った封筒を渡すと、中を見た毛利先生はとても喜んでくれた。
 コナンくんはどうしようかと尋ねると、"これからお昼ご飯を一緒に食べて、それから行きたい"という答えが返ってきた。

「一階が喫茶店なんだけど、ランチメニューもあるから!」

 にこにこと笑うコナンくん。目的があるのかないのか、いまいちわからない。
 しかし断るのも変な話だ。疑われるような言動はしないに越したことはない。

「じゃあ、そこにしましょうか」

 毛利先生にはもう一度お礼を言って、事務所をあとにした。
 コナンくんの先導で一階の喫茶店――喫茶ポアロ――に入ると、ベルの音に出迎えられ、カウンターの中に立っていた人物がこちらに顔を向けた。

「いらっしゃい、コナン君」

 にこやかにコナンくんを出迎えたのは、安室さんだった。
 スーパーの袋をがさがさと漁っているあたり、買い物を終えて帰ってきたところなのだろう。道理で先ほどは姿が見えなかったはずである。
 席に案内するためにカウンターから出てきた安室さんはわたしを見て、きょとんとした顔をしてみせたあと、膝に手をついてコナンくんと視線の高さを合わせた。

「こちらの方は? コナン君の知り合いかい?」
「うん! 穂純千歳さんっていって、通訳と翻訳を仕事にしてる人なんだ」
「へぇ」

 安室さんはまっすぐ立って、にこりと笑った。

「僕は安室透といいます。二階にいらっしゃる毛利先生と同じ探偵なんですが、最近先生に弟子入りしたんです」
「穂純千歳です、はじめまして」

 お互いににっこりと笑って挨拶をする。
 "席にご案内しますね"と言われてそれに従いテーブル席のソファに座ったところで、向かいの椅子に座ったコナンくんが口を開いた。

「千歳さんは安室の兄ちゃんと知り合いじゃなかったの?」

 この質問は予想のうち。
 ずっと浮かべている笑みを崩さず、首を傾げる。

「あら、どうして?」
「ボクの知り合いが言ってたんだよ! 二人は何かやりとりしてたみたいだって」

 安室さんはにこにこと成り行きを見守っているだけ。
 わたしに判断を任せてくれている。

「……内緒にしてくれるかしら」
「え? うん」
「前に付き合っていた、婚約直前ってところまでいった男がね、結婚詐欺師だったのよ。なんだか信じきれないって思って調査を依頼したのが安室さんだったの。……そんなのと付き合ってたなんて、恥ずかしいでしょう? 探偵に依頼するなんてよほどのことだし、仲の良い人には根掘り葉掘り聞かれそうだと思って。だからもし街中で会っても知らない人のフリをしてくださいってお願いしていたのよ。ね、安室さん?」

 お冷を持ってきてくれた安室さんの顔を見上げると、安室さんもにっこり笑って頷いた。

「えぇ。まさかこんなところで会うとは」

 過去の依頼人の一人、その程度の認識ならまだいいかもしれない。
 しかし、コナンくんの探るような視線はなくならない。

「そうなんだ。ボクが聞いた話だと、千歳さんの知り合いを助けてもらったってことだったんだけどなぁ?」
「あんまり仲良くない人にはそう言ってごまかしてるの。これで恋人がいない理由もわかったでしょう。でも誰かしらね? コナンくんとわたしの共通の知り合いって」

 その話をしたのはこれまで赤井さんだけ。コナンくんが安室さんの存在を知ったのはウェイターとしてアルバイトをしていたとき。その時既に赤井さんは死んだことになっていたから、どうあっても名前は出せないはずだ。
 案の定、コナンくんはぎくりと身を固まらせた。

「えーと、誰だったかなぁ? ボク忘れちゃった!」
「あら、そうなの?」
「それより何か注文しようよ!」

 自分から切り出してきたのに"それより"とは。
 自由だなぁと思いながら、メニューを開く。

「悩むわね……おすすめは?」
「食事なら、僕はハムサンドが得意なのでそちらをおすすめしますよ」
「ボクそれにしよっと。それとオレンジジュース!」

 パン屋さんが安室さんをつけ回してまでレシピを知りたがったハムサンドか。ちょっと気になる。

「じゃあハムサンドにするわね。……それとカフェラテ」
「かしこまりました」

 安室さんが料理を準備している間に、どこの本屋に行くのかを尋ねてみると、杯戸市にある大きな本屋がいいとのことだった。
 どのみち車なのだし、コナンくん一人なら何か聞かれようが赤井さんを相手にするよりは落ち着いて対処できる。
 どんな嘘をつこうかと頭に思い浮かべながら、好奇心に満ちた目でこちらを見るコナンくんに笑いかけた。

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