100

 引越しも無事終わり、605号室へと住居兼事務所を移すことができた。
 あれからストーカーやその親族に接触されることはなく、平和に過ごせている。
 新しい管理人さんは妊娠を機に家庭に入った元刑事だという女性。子育ても忙しい時期が過ぎてパートでも探そうかと考えていたところに管理人の仕事の話が来て、快く引き受けてくれたこのマンションの住人なのだという。
 エドに頼んでいた荷物を引き取るときに少し世間話をして、そんなことを教えてくれた。
 百貨店で贈り物も購入したし、沖矢さんへの贈り物も届いたし、今日は土曜日。阿笠博士の自宅に電話をしてみたところ、今日は自宅にいるとのことだったのでお邪魔させてもらうことにした。
 沖矢さんと二人で会うのは面倒なことになりそうだけれど、あまり信用ならないわたしが来るとあっては大人しくもしていないだろう。
 ウイスキーのボトルは重かったので車にして、博士の家の前に停めさせてもらった。
 荷物を持ってインターフォンを鳴らすと、哀ちゃんが出迎えてくれた。

「いらっしゃい、千歳さん」
「哀ちゃん。こんにちは」
「上がってちょうだい。さっきスコーンを焼いたの」

 手を握ってくるあたり、帰す気もないのかもしれない。可愛らしいわがままなので、お言葉に甘えて上がらせてもらう。
 手を引かれるままついていくと、リビングとなっている大きな部屋には博士と沖矢さんがいた。

「あら、沖矢さんも来ていたのね」
「料理を作り過ぎたのでお裾分けに」
「そうなの。ちょうど良かったわ、あなたにも用があったから」

 机に置かせてもらった大きなトートバッグから、二つの箱を取り出した。
 ひとつは白い箱に紫のリボンを巻いた、哀ちゃんへの贈り物。もうひとつは黒に金色のラインの模様が入った、沖矢さんへの贈り物だ。

「はい、哀ちゃん。開けてみて」

 まずは哀ちゃんに箱を渡す。リボンを解いて箱を開けた哀ちゃんは、中身を見るとぱぁっと顔を明るくさせた。

「本当に持ってきてくれたの?」
「当然よ。おいしいご飯のお礼。おすすめの入浴剤とかも入れてみたの」
「大事に使うわ。ありがとう」

 哀ちゃんは箱の中身を仕舞いに行ったので、もうひとつの箱を沖矢さんに渡した。

「ありがとうございます」
「ウイスキー好きのおすすめだから、間違いはないと思うわ」
「ホォー……それは楽しみだ」

 博士にも"子どもたちが来たときにでもどうぞ"とお菓子の詰め合わせを渡して、戻ってきた哀ちゃんとお茶をした。
 好きな洋服のブランドだとか、最近できたお店だとか、そんな話題にばかり花を咲かせていたので、女子会みたいな雰囲気だった。
 博士は微笑ましく見ていてくれたけれど、無表情のままコーヒーを啜っていた沖矢さんの心中はよくわからない。

「そういえば、コナンくんとは連絡取れる? できたら毛利先生にもお会いしたいんだけれど……」

 話に区切りがついたところで、コナンくんにも用事があるので切り出してみた。
 あれだけ長くお邪魔したのに連絡先は交換していなかったのだ。こちらは特に交換したいわけではなかったし、コナンくんたちがそこまで気を回さずにいてくれたのは良かったのだけれど。

「……連絡先、交換してなかったわね」

 哀ちゃんがはたと思い当たったように言って、徐にスマホを取り出した。

「そうね。取れなければいいの、とりあえず行ってみるから」
「江戸川君になら取れるわよ。その代わり、私と連絡先を交換してくれる?」

 うう、哀ちゃんにお願いされたらノーとは言えない。
 けれども、哀ちゃんに教えたら芋蔓式に博士や沖矢さんに教える羽目になって、赤井さんに連絡先を掴まれるという結末しか見えない。
 一方的に知られるのは気に食わないから、今回は見送りだ。

「ごめんなさい、今日はスマホを忘れてしまって。自分の電話番号なんて覚えていないし……また今度でもいいかしら」
「また今度ね、絶対よ」

 念押しに頷くと、哀ちゃんはコナンくんに連絡を取ってくれた。

『もしもし、灰原か?』
「えぇ。江戸川君、今日は探偵事務所にいるの?」
『あぁ、おっちゃんと一緒に留守番だよ。なんかあったか?』
「千歳さんがお礼に行きたいんですって。月も跨いだし、あなたにとってもちょうどいいんじゃない?」

 コナンくんはお礼は"来月発売の推理小説がいい"と言っていたのだ。それで、哀ちゃんは"ちょうどいい"と言ったのだろう。

『え、本当にお礼なんてしてくれるのか?』
「ついさっきボディミルクと入浴剤をもらったところよ」
『……おっちゃん引き止めて待ってるって伝えてくんねーか?』
「はいはい」

 哀ちゃんはくすりと笑って通話を終えた。

「探偵事務所にいるそうよ。今から行けば会えると思うわ」
「ありがとう。それならもう行くわね。お茶、ごちそうさま。おいしかったわ」
「えぇ、また来てちょうだい」

 穏やかに微笑んで"玄関まで送るわ"と言ってくれた哀ちゃんに甘えることにして、博士と沖矢さんに会釈をした。

[BACK/MENU/NEXT]
[しおり]

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -