02

≪……なるほどね。知っていることはそれで全部?≫
≪あぁ、楽しく話をしてくれた姉ちゃんと、ルールに誓う≫

 情報を聞き取り終えた千歳は、グラスを傾けながら微笑んだ。
 すっかり心を開かれているらしい。気に食わない。
 "クイーン"という単語に反応した男達が席を立っていくのを横目で見ながら、ウイスキーを飲む。

≪それであなたが危険なことは?≫
≪ねぇな。あんたもわかってるだろ、俺は情報屋なんだ。奴らが知られたくない情報なんて他にも持ってる。俺が死んだら全部バラ撒く。どうだ、手を出せねぇだろう≫
≪そうね、それなら結構。わたしに免じて、ひとつお願いを聞いてくれる?≫
≪ん? なんだい≫
≪この人のこと、幽霊だと思って忘れてくれる?≫

 千歳がまた腕に抱きついてきた。こてんと首を傾げる仕草は、おそらくわかってやっている。
 男はにんまりと笑った。

≪訳ありなのはよくわかってるよ。しかし幽霊か、また面白いことを言う≫
≪死んでも上司が寝かせてくれないほど優秀なのよ、彼≫
≪信じられねぇなぁ≫

 しかし事実だ。千歳は本当のことを嘘のように茶化して話すのが上手い。
 千歳はにっこりと笑って、残っていたアレキサンダーを飲み干した。

≪じゃあ、もう行くわね。本当ならお金も取り返したかったんだけれど、それは無理みたい≫

 ようやく出番らしい。グラスの中身を飲み干して、煙草の火を消す。

≪おう、今度はちゃんと話し相手になってくれよな≫
≪そういうお店に行ってちょうだい≫

 ソファから立ち上がって、呆れ顔の千歳の手を取り立ち上がらせた。

≪つれねぇなぁ。会計は持ってやろう。何、元々兄さんの金だ≫
≪はいはいありがと。行きましょう≫

 ひらりと手を振った千歳に機嫌よく手を振り返した男は、その様子を崩さぬまま周囲の男たちと語らい始めた。
 マスターに一言挨拶をして、店の出口まで歩く。

「店からほろ酔いで出てきたところを袋叩きにするんですって。怖いわね」

 くすくすと笑う千歳は、何も心配していないらしい。
 俺との関係を差し引いても、俺が胸ポケットに入れているレコーダーの中身は千歳がいなければすぐには訳せないのだ。本国にデータを送ってもいいが、処理に時間がかかりすぎる。そうしている間に、千歳が聞いた情報を公安に持ち込んで、先手を取られて終いだろう。
 いい加減千歳をこちら側に引き込みたいが、組織を騙している以上迂闊に安室君から引き剥がせない。
 ままならないものだと考えながら、店を出た瞬間に顔をめがけて振り下ろされた鉄パイプを左手でいなし、襲い掛かってきた男の腹に拳を叩き込んだ。

「……驚いたわ」
「そうは見えんが」

 千歳の足元を見て、走るのは無理だろうなと判断する。会話などせず聞き耳を立てて終いにするつもりだったのだろう、ピンヒールのサンダルを履いていた。
 しかし、俺がいたことで予定を変更せざるを得なくなった。人の好い彼女のことだ、立て続けに負ける俺を見ていられなかったのかもしれない。

「すまんな、巻き込んだ」
「そのデータで許してあげる」
「そう言ってくれると思ったよ」

 ひとまず店の前でやり合うのはまずいだろうと、今しがた気絶させた男の襟を掴んで引きずりつつ、その場所から退避する。行き止まりとなっているところを見つけて、その手前に引きずってきた男を放った。
 そして、いつかと同じように積み上げられた木箱の陰に千歳を隠した。

「ここで大人しくしていてくれるか?」
「今日は黒川さんはいないもの。大人しく待ってるわ」

 ちょこんとしゃがんで笑いかけてくる千歳の肩にジャケットを羽織らせ、来た道に向き直ると三人の男が鈍器や刃物を片手ににたにたと笑っていた。
 袋小路に追い込んだつもりでいるようだが、この狭い場所で武器を振り回しては三対一という数の利は活かせない。
 "クイーン"の手下にしては、お粗末すぎる。取引相手だろうか。
 さて、レコーダーとスマートフォンはジャケットごと千歳に預けた。彼女は大事に持っていてくれるだろう。多少派手に暴れたところで、落として壊れるものもない。

「もう終わりだな、あの女は守ってくれねぇぜ?」
「そりゃあカードゲームの手助けはできても殺し合いの手助けは無理だろうな!」

 先ほどゲームをした相手と異なり大口を開けて下品に笑う男たちに、溜め息が漏れる。
 冷える夜の空気に、千歳をあまり曝しておきたくない。

「お前たちにとっては残念ながら、守る役目は俺が負っていてな。彼女の手助けなど要らんさ。そして、これからするのは殺し合いではなく――一方的な制圧だ」

 殺気に当てられた男たちは、考えなしに武器を構えて突進してきた。
 まずはナイフを握る手を打って取り落とさせ、背後へ蹴って千歳に回収させる。すぐ隣の男の大きく振り被られた金属バットは横に避けることでかわし、コンクリート敷きの地面を殴る鈍い音を聞きながら、振り下ろした姿勢で前屈みになった顎に膝を叩き込んだ。しまった、やり過ぎた。
 ふらふらと尻餅をついた金属バットの男は無視し、背後を取ってきた最後の一人のバールは手首を掴んで止め、がら空きになった腹に肘を打ち込んで気絶させた。
 ナイフを奪っただけの男が、ジャケットの内側に手をやる。
 止める間もなく拳銃が取り出され、銃口を向けられた。引鉄に指がかかっていて危なっかしい。

「……拳銃か」

 扱いに慣れていないようだし、スミス&ウェッソンM500などという威力重視で反動をまったく考慮していない銃を選んだ点も素人と言っていい。メジャーだから選んできたといったところだろうか。
 サングラスをかけていて正解だった。どうせ反動で大きくぶれる、閃光にさえ気をつけていれば、痛めた腕に気を取られているうちに制圧できるだろう。
 そう考えた瞬間、何か軽い金属が男の背後で地面にぶつかり、その音が反響した。
 男が背後から突然聞こえた音に振り返ったところを見逃さず、シリンダーを掴んで手首を捻り、銃を手放させる。
 足を払って仰向けに倒し、引鉄に指をかけないまま男の額に突きつけた。
 こんな高威力の銃をこの距離で撃てば、男の頭は木っ端微塵になるだろう。遠くから犯人の頭を吹き飛ばすことはあるが、日本で、それも千歳の目の前でそれは御免被りたい。もしも実行すれば組織を追うどころではなくなってしまう。
 脅しの効果は絶大だったようで、男はいくつかの尋問に素直に答えてくれた。どうやら"クイーン"と取引をしている組織の下っ端で、詳しい情報を握っているあの男が何らかの理由でそれを誰かに話したら、情報屋であるその男ではなく、情報を受け取った人間を消すという仕事を請け負っていたようだ。
 聞きたいことは聞けたので、腹を殴って気絶させる。
 ぐったりした四人の男を一所にまとめたところで、千歳の隠れている方に声をかけた。

「千歳。公安の人間を呼べるか」
「もう呼んだわ。ごめんなさい、大人しくしてられなかった」

 先ほど不可解な音のした方向を見れば、コーヒーのスチール缶が落ちていた。なるほど、千歳が投げたのか。

「いや、銃声をこの一帯に響かせずに済んで助かったよ」
「それなら良かった」

 ジャケットをちゃっかり着込んでいる千歳は、ほっとしたように笑った。
 千歳を隠したのとは別の、逃げ道のある場所で物陰に隠れたところで白河捜査官が到着し、千歳に事情を確認した。

「いやこれ穂純ちゃんがやったんじゃないよね」
「えぇ、通りがかりのお兄さんが助けてくれたの」
「通りがかりのお兄さん強いな!? 鉄パイプにナイフにバットにバール、しかもリボルバーだぞ!? それで、そのお兄さんはもうどこかへ行っちゃったの?」
「そうなの。本当は急いでいたみたいで、制圧するなり走って行ってしまったわ」

 白河捜査官が深い溜め息をついたのがわかった。引き連れてきた部下がいる手前、千歳が本当のことを話せないのを理解しているようだ。

「……そういうことにしておこう」
「ありがとう」

 千歳の弾んだ声にもう一度溜め息をついた白河捜査官は部下にてきぱきと指示を出し、四人と武器を回収して帰っていった。
 部下の一人が"彼女を送らなくてもいいのか"と問いかけたのに対して上手にかわしてくれたことからも、近くに俺が潜んでいることは確信しているらしい。
 車の音が遠ざかって、千歳がようやく深い溜め息をついた。
 物陰から出て両手を広げてみせると、千歳はふらふらと近づいてくる。しがみつくように抱きつかれ、額を胸に押しつけられた。

「……こわかったぁ」

 あの空気の中で、よく恐慌状態に陥らずに耐えたものだと思う。
 素を出して甘えてくる千歳の背中を擦り、頭を撫でて落ち着かせてやる。

「よく頑張ったな。今日はうちに来るか?」
「秀一さんがうちに来て……」

 珍しいわがままだ。落ち着ける自分の家で休みたいのが本音なのだろう。さてどうするか。
 工藤邸にはキャメルを配置しているし、頼めば明日の朝、組織に面の割れていない人間に変装に必要な物を持ってこさせることはできるだろう。なんならボウヤでもいい。千歳も洗面所は貸してくれる。
 録音した内容をすぐに千歳に翻訳させると伝えれば、ジェイムズもジョディも納得する。
 これで行くか。

「行くのはいいが、レコーダーの中身をすぐに訳してくれるか?」
「……仕事はするわ、もちろん」
「それならジェイムズに戻ってこいと急かされなくて済む。表に出てタクシーを拾うか」
「ん」

 口数の少なくなった千歳を連れて、人の多い表の通りに出る。
 ちょうど通りがかったタクシーを捕まえて、千歳の住むマンションの近くのコンビニに向かうよう伝えた。
 コンビニから少し歩いてマンションに辿り着き、千歳の住む部屋へ向かう。帰り着くなり千歳は手早くシャワーを浴びて、スキンケアまで終えたところで書斎に入っていった。首にかけたタオルにゆるくまとめた髪を乗せていたが、乾かしていないようだったのでドライヤーとブラシを持って後を追う。

「千歳、ドライヤーを使うぞ」
「はぁい」

 耳が良くなってうるさい音が嫌いになったのか、ドライヤーは静音のものらしい。
 イヤホンでレコーダーに記録された音声を聞きながらタイピングをする千歳の髪を乾かしていく。
 長い髪が指通り良く乾く頃には千歳の仕事も終わり、スマートフォンとパソコンを繋いでデータを移した後、ジェイムズにメールで情報を送り終えれば、こちらの仕事も完了。あとは表立って動けない俺を使わずに処理をしてくれるだろう。俺もようやくシャワーを浴びることができた。
 寝室に行って、力尽きたように布団の上に突っ伏す千歳の体を抱えて掛布団をめくり、間に寝かせてやる。
 隣に寝ると、千歳は擦り寄ってきて落ち着く場所を求め身じろいだ。

「……秀一さん」
「ん?」
「怒ってる?」
「……なぜ?」
「わがままをたくさん言ったから」
「あぁ、それは可愛いものだと思ってるさ。それよりも、いつもアルバイトでどう振る舞っているのかの方が気になったな」

 あの露出の多いドレスに、男の視線を集める手際の良さ。テーブルの空気を一瞬でも支配したあの演技について、問い詰めたくなっても仕方がない。

「……おやすみなさい」

 就寝の挨拶とともに、もぞりと頭を押しつけられた。

「待て千歳、逃げ方が雑だぞ」
「…………」

 どうやらだんまりを決め込まれたようだ。今夜のところは諦めるしかない。
 明日にでも吐かせればいいかと溜め息をついて、小柄な体を抱き込んだ。


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リクエスト内容:甘
語学力を駆使して赤井さんを助ける/夢主を守るのはスパダリ赤井


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