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 "警護"と銘打っているとはいえ、差し迫った状況ではないので降谷さんは普通に食事をしてくれた。お昼が遅かったのでわたしは軽く食べるだけにしたけれど、彼は昼食を食べ損ねたらしくがっつりだ。
 それから買い物をして、ホテルに戻って。
 アメニティが充実していて入浴剤もあったので、それを入れたお風呂にゆっくり浸からせてもらった。ボディミルクでお気に入りのローズの香りに包まれると、心も落ち着いた。
 降谷さんはといえば、烏の行水かと言いたくなるような早さでシャワーを浴びてきた。髪を乾かしたりもするのでそんなに待たされることもないのだけれど。
 あとは寝るだけとなって大きなベッドに寝転がりふかふかした感触を楽しんでいると、後から来た降谷さんがふっと息を漏らすように笑った。

「気に入ったか?」
「とっても」

 降谷さんはカーテンを閉めて、わたしにサイドチェストの上に置かれたランプをつけさせてから部屋の電気を消した。暖かみのあるオレンジ色の明かりが枕元を照らす。
 いそいそと布団をかぶっていると、降谷さんもベッドに乗ってきた。

「本当に大丈夫か?」
「うん。誰かと寝るのはナディアさんと女子会して以来かなぁ」
「そうか」

 さて、何から話そうか。順を追って話すべきだろうか。
 少し考えていると、頬杖をついて落ち着いた降谷さんから口を開いてくれた。

「好きに話していいぞ。聞きたいことがあるなら答える」
「じゃあ、順を追ってにする」

 ぽつぽつと、宇都宮さんにメールサーバーのセキュリティについて相談をした日からのことを話した。藤波さんからだと思って開けた封筒がまったく違うもので、同封されていたスマホからはリアルタイムで監視されていることが伝えられて。
 藤波さんに"電気料金が高くなった"と伝えてからは、徐々に体調が悪くなって。エントランスに出てポストの中身を持ってくることと、薬局に行く以外は日がな一日リビングでぼーっとしていることの方が多かったから、正直なところ記憶は曖昧だ。
 初めこそ恐怖心でいっぱいだったけれど、徐々に監視されているストレスが強くなって、何かを考えることまで億劫になって。

「……いつまで続くんだろうとか、本当に一切考えなかったのよね。子どもたちに連れ出してもらうまで」
「無理もないさ。……もう少し早く連絡してやれればよかったな」
「もう気にしてないわ。……聴取とか、付き添ってくれる? 警察署に行くのは都合が悪い?」
「探偵として時々出向くから、問題ない。まぁ、明日明後日には呼び出されるだろうな」
「そうよね……あの、匿ってくれた人が犯人を突き止めるために思いっきりハッキングしてるんだけど……」

 説明するにあたって、問題になるのはその点だ。わたしのために沖矢さんが逮捕されるのは偲びない。

「藤波が"痕跡は残っていない"と言っていたし、発覚のきっかけは宇都宮氏からの相談だという尤もらしい理由もある。何か見つかったら藤波がやったことにすればいいさ」

 けろりと告げられ、懸念していたことは片付いた。
 協力者については、SNSでそれらしいやりとりがあったのを見て沖矢さんが密かに根回しした、という話にすればいい。
 この辺りはわたしも感知していないので、訊かれても"よくわからない"と答えておけばいいとのことだった。事実なので問題はない。

「匿ってもらう間は、本当に良くしてもらったの。ご飯も食べられるものをって気を遣ってくれたし、お風呂ものんびり入れたし。ふらつかなくなってからは、ちゃんと手伝いもさせてくれた。療養する間に、いろいろ調べて解決する手段まで考えてもらって……」

 わたしが必要としただけ甘やかしてくれて、やりたいことがあればそれもさせてくれて。
 そのおかげで、あまり無力感に襲われなかったのだと思う。

「たしかその頃だったわ、藤波さんが電話くれたの」
「ようやく案件が落ち着いたところだったからな……藤波は"人を招けるほど部屋が綺麗じゃない"という言葉と電気料金の話で、すぐに監視カメラが思い浮かんだらしい。仕事の合間に調べて、"僕が見てはいけない画像がある"とか言って白河さんに見てもらって、それからだ。解決策まで出ているとは思わなかったよ」
「前にバーボンがベルモットと行ってた展示会。あの時できた繋がりで、犯人にバレずに宇都宮さんに助けを求められたの」

 殺人事件があって、その解決のために博士と哀ちゃんが光莉ちゃんを預かってくれた。だから、わたしに関係のないところで光莉ちゃんに連絡を取る方法があったのだ。

「……あのときか、なるほどな。通報の日は白河さんが周辺を張り込んで、協力者確保の手伝いを申し出たんだ。心配していたデータの件も、盗撮されている間は誰も部屋に行かなかったから問題なかったよ」
「そう、良かった」

 ずっと心配していたことだから、それを聞けて安心した。
 髪を撫でられて、目を細める。

「……聞いた限り、聴取に応じるにあたっては問題なさそうだな」
「うん、なんていうか……改めて思い返しても"もう関わらなければいいか"って思っちゃって……」
「割り切れるならそれでもいい。示談になるかもしれないって話だったよな。接触禁止は最低限の条件だな」
「そうね。そういうのって破ったらどうなるの?」
「条件に寄る。あまり一般的じゃないが、今回の場合身の危険も感じるし、違約金の条項をつけても通ると思う。あまり高額だと無理だけどな」
「なるほど」

 話を聞いてもらってすっきりした。二度と接触しないでもらえれば、あとはもうどうでもいい。
 ぐるぐると頭の中を巡っていたことを吐き出せて、これから先のことも少し考えることができた。そうしているうちに、眠くなってくる。
 枕に顔を埋めると、降谷さんは苦笑して頭を撫でてくれた。心地よさも相まって、眠気はどろりと思考力を奪いにかかってきた。

「……ごめんな」
「うん……?」

 何の謝罪だろう。わたしから彼を責めることなんて何もないのに。
 あぁだめだ、眠い。瞼が上がらない。

「なんでもない。おやすみ」

 ランプの明かりが消され、部屋が真っ暗になる。
 眠気には抗えず、頭を撫でられる心地よさに負けて意識がブラックアウトした。

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