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 コナンくんには工藤邸の主である優作さんの連絡先を教えてもらった。時差のこともあるので、明日時間を見て連絡するつもりだ。しばらく家に置いてもらったのだから、挨拶はきちんとしておきたい。
 それから荷物をまとめて、キャリーバッグを持ってくれる黒川さんと共に工藤邸を後にした。

「ふー、疲れた疲れた。ボディーガードの時って堅苦しくて嫌になるんだよねぇ」

 駅前に出てきて人波に紛れることができるようになると、白河さんがからりと笑った。

「お疲れさま。これからどうしたらいいの?」
「彼がねぇ、安全なホテルの上の方に部屋を取ってくれてるから。しばらくそこに退避兼療養かな」
「……外出は控えた方がいい?」
「うん、あとで話してあげるけど、穂純ちゃんの安全確保が今のところの優先事項だから」

 なぜわたしの安全確保が優先されるのだろう。

「……?」

 とりあえずホテルへ行こう、と促され、考えることをやめてタクシーを捕まえた。
 白河さんが運転手に告げたのは米花駅から少し離れた高級ホテルの名前。
 通されたのは上層階のスイートルームだった。エドはリーズナブルなホテルを好むから、こういうところには滅多に来ない。彼の伝手で知り合ったクライアントも、あまり金遣いは荒くないのかこういうところには泊まらない。
 そういうこともあって、ホテルのこのクラスの部屋に足を踏み入れるのは初めてだった。

「……本当にここに連泊するんですか……?」

 ふかふかの絨毯に、アンティークで統一された家具たち。リビングルームと、大きいベッドのあるベッドルーム。
 ワンルームタイプの部屋にしか泊まったことがないので新鮮だ。

「そうだよ。降谷君が個人的に取ってくれたんだよ。ゆっくり休めるようにって」

 お金の出所は降谷さんか。白河さんは荷物を置きながら笑うけれど、意図がわからなくて怖い。

「かえって落ち着けない気がする……」
「ふふ、まぁそのうち慣れるよ。お昼食べ損ねたなぁ、軽く食べに行こっか。降谷君が来るまでどうせ時間あるし」

 時計を見れば、お昼の二時を回っていた。
 降谷さんは相変わらず忙しいらしい。

「いつ来るんでしょうか」
「んー、ちょっといろいろと処理があるって言ってたしなぁ。穂純ちゃんの警護に来られるように私の仕事も引き受けてくれたし。まぁ、夕方には来ると思うよ」

 夕方かぁ……。藤波さんからの伝言でしか彼の言葉を聞いていないから、ちょっとだけ怖い。
 ひとまず考えないようにして、"胃に優しいものにしよう"と白河さんが連れて行ってくれたお店でうどんを食べた。
 ホテルに戻ってきて、景観を眺められる窓に対して平行に置かれた一対のふかふかのソファのうち、窓に向かって座れる方に沈みながらメールチェックをした。引越しの段取りは決めていたから、心配する言葉とともに仕事の再開の時期を確認してきたクライアントに、いつからなら受けられるか返事をしておく。仕事を気に入ってもらえていることが、純粋にうれしかった。
 白河さんは相変わらずスーツ姿だけれど、普通にお茶を飲んでいるのでひとまずは気を抜いているのだろう。
 メールチェックを終えて、クッションを抱いてうつらうつらしていると、ホテルの内線電話が鳴った。ベッドルームとリビングルームの二箇所からだ。静かだった空間に響いた音に、思わず肩を跳ねさせる。白河さんは苦笑しながら受話器を取った。

「はい。……えぇ、そうです。通してください」

 会話を終えて受話器を置いた白河さんは、降谷さんが来ることを教えてくれた。
 何を言われるやらと不安で、クッションをぎゅっと抱きしめる。

「そんなに緊張しなくても大丈夫。追い打ちかけるような真似されたら私に言って。シバいとくからさ」
「……白河さんは、何も言わないんですか?」

 藤波さんにまで"ちゃんと相談してほしかった"と言われたのだ。何事もなかったかのように面倒を見てくれるから、正直拍子抜けしたぐらいだった。
 素直に尋ねると、白河さんは首の後ろを掻いて視線を逸らした。

「んー、忙しいから連絡取れないって言っちゃったし、穂純ちゃんが気を遣ってくれたのはわかるしさ。だから私からは何も言わないよ。けど、助け舟も出せない」

 白河さんは眉を下げて、わたしの目を見て困ったように笑った。

「降谷君と、ちゃんと向き合ってあげてくれる?」
「? ……わかり、ました」

 部屋のドアがノックされて、白河さんが"はいはーい"と返事をしながら開けた。
 窓の外の空を眺めながら、背後でかわされる会話を聞く。

「お疲れ、降谷君」
「白河さん、お疲れ様です」
「ひとまず私はこれで戻るけど、何かあったらすぐ呼び戻して」
「えぇ、すみません」
「いいよいいよ、この件で動ける女性捜査官っていったら私だけなんだし。じゃ、後は任せた」

 白河さんは戻ってしまうらしい。
 ドアが閉まる音がして、それでも後ろを振り返れない。
 クッションを抱きしめたまま俯いていると、降谷さんが横に立ったのが気配で分かった。

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