07

 一日光莉ちゃんに付き合って遊び、日が傾き始めた頃にお土産を買った。光莉ちゃんが両親に買いたいという分は預かっていた分で、光莉ちゃんとわたしのお揃いのキーホルダーはわたしのポケットマネーで。買い終えて、まだ時間がありそうだったので二、三アトラクションに乗ったところで、光莉ちゃんがねぇねぇ、と繋いだままの手を引いてきた。

「千歳おねえちゃん、パパがもうすぐ着くから朝の場所においでって!」
「そう。それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「もうちょっとおねえちゃんと遊びたかったなー……」
「また今度ね」

 わたしとの時間を惜しんでくれることを嬉しく思いながら、光莉ちゃんを宥めた。
 ふと、遊園地に似合わない黒いスーツの男がきょろきょろと辺りを見回している姿が視界に入った。

「光莉ちゃん、ちょっといい?」
「なぁに?」

 男に背を向けるかたちで光莉ちゃんを立たせて、靴の紐をいったん解く。

「おねえちゃん?」
「靴の紐が解けかかっていたわ。危ないから、結びなおしましょうね」
「う、うん……」
「光莉ちゃんの近くに怪しい男がいるから、ちょっとこのままで。こっちを向いていれば、光莉ちゃんの顔はわからないわ」

 小さな声で囁くと、光莉ちゃんは少し怯えた様子で、けれどお願いした通り大人しく靴紐を結ばれる振りをしてくれた。
 宇都宮さんの娘であるということで近づいてきた人攫いかと思ったけれど、だったらあんなに怪しさ丸出しの格好をしているはずがないと思い直す。
 黒のスーツにサングラス、体格がとてもよくて――そこまで考えたところで、聞き慣れた声が耳に入った。

「ゴメン、蘭! 先に帰っててくれ! すぐ追いつくからよー!」
「え? し……新一……」

 蘭、新一と呼び合った、少年少女。少年の方はアトラクションの裏へと入っていく黒ずくめの男を追いかけていく。
 うそだ、こんなタイミングで。
 助けに行ける? まさか、相手は暗殺もし慣れた二人だ。少年が死ぬはずがないことは知っているのだから、"江戸川コナン"が生まれなければ黒の組織を潰すことはできないはずだから、このままでいい。
 光莉ちゃんを放っていけるものか、――うそだ、本当は関わるのが怖い。

「千歳おねえちゃん……?」
「! ……多分もう大丈夫よ、あの男はいなくなったから。早くあなたのパパと合流しましょう」

 不思議そうな光莉ちゃんの声に、あまりにも長く留まり過ぎたかと思い直した。
 とぼとぼと歩きだした少女を横目に、光莉ちゃんの手を取って歩き出す。
 そうだ、あれはウォッカだ。そのあとを工藤新一くんが追って行って、取引の証拠写真を撮影しているところに、後ろからジンが――……。なんてタイミングで、トロピカルランドに来てしまったのだろう。わたしはあの少年を止めるべきだっただろうか? ……わからない。
 念のため周囲を警戒しながら歩いて、ゲートまでやってきた。
 係員にフリーパスを使って入った証であるリストバンドを返却して、外に出る。

「パパ!」

 父親の姿を見つけるなり、光莉ちゃんはわたしの手を引いて宇都宮さんに駆け寄った。
 朝は両親から離れて駆け寄ってきてくれたことを踏まえると、先ほど怪しい男が近くにいたということで大人から離れたくないという意識がはたらいてしまっているのか。

「はい、これはお土産と残ったお金です。光莉ちゃんが持っているキーホルダーは、わたしからのプレゼントです」
「あぁ、ありがとう」

 預かっていたものを返して、中身を簡単にチェックしてもらう。

≪何かあったのかい?≫
≪全身黒で統一した、遊園地にはちょっと似合わない怪しい男を見かけて……靴紐を結び直してあげる振りをして、光莉ちゃんの顔は隠してきたけれど……≫
≪なるほど、それで常に誰かと手を繋ごうとしているのか。いや、機転を利かせてくれて助かったよ≫

 光莉ちゃんのことはあの怪しい男の眼中になかったと知っているけれど、それを伝えてもどうしてそう思えるのかという追及を受けてしまう気がしてならない。
 まさか本当のことを言うわけにもいかないから、濁すほかない。そんなリスクを冒すぐらいならと、余計なことを言わないように口を閉ざす。
 沈んだ顔でゲートから出てきた少女――毛利蘭ちゃん――が視界の端を通っていって、申し訳ない気持ちになった。
 あの子は、健気に待ち続けるのだ。帰ってくることのない、幼馴染の想い人を。
 フランス語で交わされる会話に不思議そうな顔をしていた光莉ちゃんは、奥さんに何かこそこそと提案をした。

「あなた、光莉が千歳さんと夕ご飯を食べたいんですって」

 奥さんの言葉に、会話を中断することを目配せして決め、宇都宮さんが向き直る。

「! あぁ、もちろん歓迎だよ」
「でも、家族水入らずのところにお邪魔なんじゃ……」
「いいよ、実は次の仕事の依頼をしたいというのもあってね。せっかくだから、我が家へおいで」

 今日はご馳走になってばかりである。いいのかなぁとは思うが、ここ数日の節約生活を思えば多少の贅沢ぐらいいいだろうと思えてしまう。
 結局ご相伴に与ることになって、宇都宮家へお邪魔することになった。


********************


 宇都宮一家に丁寧にもてなされて食事を終えた後、宇都宮さんの書斎に通された。
 次の仕事というのは文書の日本語からイタリア語への翻訳だった。期限に多少の余裕はあって、それでいて割のいい仕事だ。言語を聞いて自分の頭の中で思い浮かべることができるという事実については、何も考えないことにした。

「いやぁ、すまないね。ちょっと取引が必要になったんだけど、イタリア語が分かる人間がうちにはいなくて」
「いえ、仕事が入ってくるのは喜ばしいことなのでいいんですけど……どうしてわたしがイタリア語もわかると?」
「なんとなくね。君は無理なら無理って言うだろうしと思ってダメ元さ。できるだけ、君を贔屓にしたいと思っているからね」
「……ありがたいことです」

 仕事をもらえるのであれば素直にありがたく思う。何せまだまだ仕事とするには覚束なく、依頼人となりそうな人間も少ないのだから。
 前回の通訳料と、今回の光莉ちゃんを預かったことへのお小遣いで、懐に余裕ができた。ノートパソコンでも買っておこうと思い立ちながら、文書を預かって宇都宮さんとともに部屋を出た。
 一家三人に見送られ、宇都宮一家の使用人に送ってもらった。
 ホテルのスタッフに戻ってきたことを告げると、郵便物が届いていると言われた。受け取ってみれば、それは家庭裁判所からのもので。スタッフにお礼を言って、自室に駆け込むようにして戻った。
 恐る恐る"親展"と記載された封筒を開けて中身を見れば、就籍許可審判書の謄本が入っていた。

「良かった……」

 これで、身分を証明するための第一歩が踏み出せる。
 深い安堵の溜め息は静かな部屋に溶け込んで、どうしようもなく虚しくなった。

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