cozy resignation

「ふあぁ……眠ィ……」
 大あくびをしながら、船内の廊下を歩く。やっぱり夜更かしなんてするもんじゃねェな、と思う。おまけに小さな賭け事は負け続き。当分掃除当番だ。
 顔を洗って食堂に向かう。今日は遅めに起きたし、多分船長やイオリが朝飯を食べてる時間帯だろう。
 案の定、食堂のテーブルの定位置に、船長とイオリがいた。向かい合って座り、今日はパンだからだろうか、船長だけ別メニューで食べている。
 コックから食事を受け取って、ペンギンを見つけその正面の席に腰を下ろした。
「あァ、おはようシャチ」
「おう。珍しいな、ペンギンがこんな時間に飯食ってるなんて」
「偶にはゆっくり寝たかったんだ」
「そんな時もあるよなァ」
 朝食は、トーストの間に野菜やベーコンを載せて玉ねぎのドレッシングをかけたものを挟んださくさくとしたサンドイッチと、これまた野菜のたっぷり入ったスープだった。おれたちは食パンのそのままの大きさでも構わずかぶりつくけど、イオリは違うらしい。半分の大きさのサンドイッチを、小さな口で少しずつ齧りながら食べていた。
「何見てるんだ、気持ち悪い顔して」
「ひどっ!! ……いやァ、イオリだよ。かわいいなって思ってさ」
「……あァ、小動物みたいだな」
 ペンギンもペンギンで、イオリに目を遣って頬を緩ませていた。人のこと気持ち悪いとか言ったくせに。
 よくよく周りを見ていれば、クルーは誰かしらイオリを見て微笑ましいなと言いたげに笑っていた。考えることは他のやつらも同じなようだ。
 船長が食べ終わったのか箸を置くと、イオリは目に見えて焦り始めた。そんなイオリの様子は手に取るようにわかるらしく、船長は苦笑しながら"ゆっくり食え"と言う。珍しい表情だ。
 船長の定位置の席がカウンターから近いため、すぐに気がついたコックが空になった食器を下げて、代わりにコーヒーを置いた。新聞を広げて読み始めた船長を見て、イオリはほっとしたような顔をしてまたゆっくりと食べ始めた。
 あのマイペースな船長が、イオリが食べ終わるのを待っている。というか、一緒に食べに来て一緒に部屋に戻るのが当然って考えているらしい辺りが、今でも信じられない。いや、イオリの様子を見ていればそうしないと不安だっていうのはわからないでもないんだけど。
 ペンギンと一緒になって普段見ることのない光景を眺めていると、イオリが食べ終わるのを見計らってかコックが紅茶とホイップクリームのたっぷり乗ったケーキを持って出てきたのが視界に入った。
「イオリちゃん、デザートだ」
「え、あ、ありがとうございます……!」
 ぽわっと花でも周りに飛んでいるんじゃないかというぐらい嬉しそうな顔をするイオリ。多分こういう顔をしてくれるから皆イオリにいろいろしてやりたがるんだよなァ。
 とはいえ、イオリにだけデザートっていうのが不満なヤツもいたようだ。
「イオリだけずりィなァ」
「コック! おれにもー!」
 わたわたと慌てだすイオリの頭を撫でながら、コックは"お前らの分はねェぞ!"と声を張った。
「えぇ! なんでだよ! 女の子贔屓か!」
「んなワケあるか! イオリちゃんはなァ、昨夜玉ねぎ摩り下ろしてくれてたんだぞ。今朝のドレッシングに使ってるヤツだ。お前ら昨日"玉ねぎは目に沁みるから嫌だ"っつって逃げただろ」
 ペンギンと顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
 コックに文句を言ったヤツらも納得したようだった。ま、どうせケーキひとつだけなんて効率悪いワケだし、おやつにでも出てくるんだろうから理由があるならまァいいか、となるのだ。
「ほらイオリちゃん、食器は下げとくから気にせず食べな」
「は、はい……っ。いただきます」
 結局贔屓してるじゃねェか、とは思ったけど、ツッコまずに黙っておくことにした。
 イオリは嬉しそうな顔でケーキをフォークで掬って食べ始めた。新聞に集中しているのだと思っていたが、船長はちらとイオリを見て口元に笑みを浮かべていた。
「……なァ、ペンギン」
「言うなわかってる」
「言わせろよ。……兄妹みてェだな」
「あァ……」
 海賊船で見られる光景がこれって。微笑ましすぎて眩しい。
 オイオイ、まさか毎朝食堂の片隅でこんなことしてるワケじゃねェよな。いやでも、コックに別段動揺してる様子もねェし。
 食べ終わりはしても二人の行動が気になるおれは、食器を載せたトレーをそのままに船長たちのテーブルを見つめていた。ペンギンも同じ考えのようだ。
「イオリ、ついてるぞ」
 どうやらたっぷり載せられたホイップクリームを持て余していたようで、イオリの口元にクリームがついていたらしい。
 船長はイオリの口元に手を遣って、人差し指でクリームを掬い取った。そしてそれを自分の口元へ運び、ぺろりとクリームを舐め取った。
「へ、……あ、え?」
「……甘ェな」
 目を白黒させるイオリとは対照的に、落ち着き払って口にしたクリームの感想を述べる船長。
「い、言ってくだされば良かったのに……!」
「じゃァ、口の右側にクリームがついてる」
「! み、みぎ……っ」
「お前から見て右だ。口で言ってもわかんねェんだろ。あと嘘だ」
 あァ、慌てたのは自分から見て右なのか船長から見て右なのか判断しかねたからか。まァ、普通は本人から見たのを指摘するんだろうけど、イオリはそこまで考えが至らなかったんだろう。
「ローさん、今日は意地悪です……」
「フフ、そうか?」
 船長ものすごく楽しそうだなァ。しゅん、と落ち込むイオリとは正反対。
「……ペンギン、訂正する。あれは兄妹っぽい光景じゃねェ」
「……同感だ」
 何、この時間に朝食食ってるヤツらは毎朝この光景見てるワケ? 誰も動揺していないのを見て確信した。いや、確かに時間が経つにつれて頭撫でたりとか、船を降りるときは手を繋いでいたりとか、あぁなんか近いなァ、とは思う光景も何度か見たけど。あくまでペットとか妹にするみたいな、そんな感じだったんだよ。
 ペンギンと二人して悶々としている内に、イオリはケーキを食べ紅茶も飲み終えたらしい。
「イオリ、新聞は部屋に戻ってからでもいいか」
「はい」
 情報は多く持っていた方がいいから、とイオリは毎朝誰かに新聞の内容を聞いて解説をしてもらっているのだが、それを今日は船長に頼んだらしい。
 二人とも部屋に戻るのか、と思いペンギンと顔を見合わせ小さく溜め息を吐いていると、イオリにマグカップを返しに行かせた船長が近づいてきた。
「テメェら二人ともさっきからなんだ、視線が鬱陶しい」
 訝しげな顔。別に見られていたことに怒っているワケではなさそうだ。
「いやァその、……すいません」
「言いかけたんなら最後まで言え」
「えーっとですね、……船長、毎朝イオリとあんなことしてるんですか?」
「あんなこと?」
 首を傾げる船長に、まさか自覚なしにやっているのかと目の前に座るペンギンが頭を抱えた。
「船長はペットの面倒見てる気分なのかもしれませんけど……。イオリも女なんですからね」
「……あァ、そういうことか」
 さすが頭のいい船長だ、今の言葉だけで自分の行動が傍からどう見えるか理解してくれたようだ。
 船長の背後では、クルーたちがペンギンを"よく言った!"とか言いたげな眼で見ていた。
 しかし次の瞬間、その賞賛を湛えた目が点になるような発言を落とされた。
「前々からだろうが。今更止めてもアイツが不思議に思うだけだ」
(エスカレートしてるんだよ!!)
 自分で気づいてないのか、この人は。いやまァ、確かにいきなり船長が頭撫でたりとかやめたら、イオリは戸惑うかもしれない。もしかして嫌われたんじゃ、なんて思ってしまうのかもしれない。
「……それもソウデスネ」
 船長だけじゃない、おれたちもイオリに甘すぎる。しかし嫌な気分にはならないのだから、不思議なものだ。
 カシャカシャと鎖を鳴らしながら船長のところに寄ってきたイオリに、"勉強頑張れよー"と声を掛けたら嬉しそうに頷かれた。
 二人が食堂を出て扉を閉め、足音が遠ざかるのを確認すると、皆一斉に溜め息を吐く。
「……もういいんじゃねェかな、あのままで」
「おれもそう思った……」
 ベポがシロクマでありながら喋ることに慣れたのと同じように、あの二人のスキンシップにもそのうち慣れるはずだ。
 誰もが仕方ないなと言いたげではあるけど納得する様子を見て、イオリも人望あるよな、とぼんやりと思った朝だった。


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リクエスト内容:ほのぼのギャグ
ローと夢主の無意識で行われる恋人のようなやり取りにそわそわするペンギンかシャチ

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