tender charm

 島に着いて、いつも通り偵察をして。ローさんから遊んできていいという言葉がもらえたので、仕事のある人を残して皆お小遣いを手に出掛けていった。
 ローさんも本屋を見て回る、と言っていたのだけれど、シャチさんは他の人と出かけ、ベポちゃんは海図を描き終えてしまいたいと言うのでお留守番、ペンギンさんもそのベポちゃんのサポートの他にやることもあるから、と残るようだった。
 そんなわけで、ローさんと私の二人で出かけることになった。
「思いがけずデートになったな」
「ふふ、そうですね」
 ローさんが手のひらを出してくれたので、自分の手を重ねて繋いだ。
 街では人の行き交いが多く、足枷の鎖を垂らしておくと引っかけてしまいそうだ。
「……迂回するか?」
「いえ、大丈夫です」
 ローさんは気遣ってくれたけれど、これぐらい慣れっこだ。空いた手に鎖を巻き取ってまた歩き出した。
 街を歩く人はローさんの顔を見ると、さっと横に避ける。良くない噂の飛び交う人だから仕方ないのだけれど。ローさんも特に気にするでもなく歩くから、私も気にしないことにした。私に同情を込めた視線を送ってくる人は、きっと私がローさんにどこかに連れ込まれてひどいことをされるのだろうと想像しているに違いない。
 通りがかったお店のショーウィンドウに目移りすると、ローさんはすぐに気がついて"寄るか"、と訊いてくれる。
「特に欲しいものがあったわけでもないですから」
 首を横に振ると、ローさんは少しだけ残念そうな顔をした。
「……そうか」
 もしかして、ローさんは折角だからと私に何か買ってくれようとしたのではないだろうか。
 けれど元々お小遣いも渡されずローさんやベポちゃんに出してもらう、というのが常だから、申し訳ないと思っていたのも事実で。
 前いた世界ではどうしていたかといえば、仕事をするようになってからはすぐにまとまったお金が手に入ったからヒソカに頼んで口座をつくってもらい、できるだけカードで支払うようにしていた。現金も持ち歩いてはいたけれど、自動販売機などには必ず紙幣を入れて小銭が貯まる一方だったりもして。今も自分で細かい計算ができないのでほとんど買い物はしていないのだ。
 ペンギンさんが私の分のお小遣いは預かってくれているというから精算しているのではないかと思えば、二人とも無駄遣いをしないタイプだし、元々ハートの海賊団の財布が潤っているのもあってそうしないのだそうで。
 ベポちゃんはともかく、ローさんは"恋人なのだから"と考えるのも不自然ではないような気がしてきた。
 なんだか申し訳ないことをしたな、と思いつつ、それでも先程目に留めたのが装飾品だったから遠慮してしまう。
「あ、の」
「なんだ? 何か欲しい物でもあったか」
 先程より少しだけ弾んだ声。私の予想は間違っていなかったのだと確信する。
「ローさんが……選んでくれたものが欲しい、です」
 繋がれた手を握り、足元に視線を落としながら言ってみた。
 ローさんはくつりと笑って、穏やかな声で"わかった"と言った。これなら、実用的なものでも装飾品でも、彼の好みで、彼が出してもいいと思える値で買ってもらえる。我ながら賢い答えが出せた、と内心で喜んだ。
 人波から外れて路地裏に入ると、賞金稼ぎのグループが前に立ちはだかった。後ろからも、人混みに紛れていたらしい数人が迫ってくる。
 ローさんと背中を合わせようとしたのだけれど、手首を掴まれて、彼の背と壁の間に立たされた。
「……ローさん?」
 これでは戦いにくい。訴えるように名前を呼ぶと、ローさんはちらとこちらに視線を向けた。
「デートの時ぐらい、女らしく守られてろよ」
 きゅう、と胸を締めつけられるような感覚がした。悲しいわけではない。戦うことができるから戦うけれど、私は戦うことに誇りを持っているわけではない。だから戦わなくていいのなら、それでも大切な誰かが危険な目に遭うことはないのなら、止められていることを押し切ってまで戦おうとは思わない。
 命を狙われている時に、呑気だとは思う。けれども、ローさんの言葉がうれしかった。
「……、はい……」
 ローさんは小さく息を吐いた後、武器を構えてすっかり戦う準備を整えてしまった賞金稼ぎたちに向き直った。
 太刀を持たない右手を地面に翳し、お決まりの言葉を言う。
「――"ROOM"」
 広がった青い円(サークル)は、賞金稼ぎたちを包み込んだ。一度彼の支配する空間に入れてしまえば、勝負は決まったも同然。
 短時間でバラバラにされた賞金稼ぎたちは、ついには助けを乞うていた。
「…………」
「イオリ、行くぞ」
「はい」
 蠢いて助けを乞おうとする指をかわしながら、薄暗い道を抜けて、隣の大通りに出る。
「あァ、いい店があるな」
 ローさんは目を細めて口の端を緩く上げ、今いる路地裏の出口の対面に位置するお店を見て言った。
 自然と分かれる人混みを潜り通りを横断して、ローさんに手を引かれながらお店に入った。
 雑貨やアクセサリーがたくさん並んでいて、店内も綺麗に飾られていた。商品の傍に置かれた札の数字がどう見ても五桁だったのは、この際気にしないことにする。
「お前は色のはっきりした宝石より、こっちの方が似合うな」
 ローさんは置かれている宝石の、私に似合うという色合いのものの名前を挙げていく。いずれも磨くと透き通った薄い色を発するものだった。
「肌が白いから濃い色の宝石は映えるかもしれねェが、安っぽく見える」
 店員さんがローさんに声をかけると、ローさんは慣れたようにこのあたりの色合いの宝石を使ったアクセサリーを見せてくれ、と言った。
「そちらの方にですか?」
「あァ。大ぶりな物じゃなくていい」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
 案内された場所に会った陳列棚をざっと見渡して、ローさんは"これがいいな"と言う。即決したらしかった。
「金属アレルギーはありますか?」
「いや、ねェ。このままでいい」
 飾られているうちのひとつを手に取って、私に見せてくれた。
 モチーフがどうだとか、細工の難しさだとか、そういったことは私にはわからない。ただ、かわいい、きれい、そんな陳腐な感想が私の内に浮かぶだけだった。
 会計を終えると、ローさんは私に後ろを向かせて、今しがた買い終えたばかりのそれをつけてくれた。
 自分の足元を見遣れば、滑稽なことは間違いないのだけれど。ローさんが満足そうに笑んでいるから、それでも良かった。
 お店から出る間際にちらりと見た鏡に映った私の顔は、穏やかに笑っていた。


 それからもしばらく街中をローさんに手を引かれながらぶらぶらと歩いて、時折お店の中を覗いた。
 これといって欲しい物もない。ローさんも目ぼしい書店は見つからないようで、時間を見て"飯にするか"、と目的を切り替えて歩き始めた。
 一番初めに見つかったレストランに入ると、店員さんが恐る恐るといったようすでメニュー表を持ってきた。
「お決まりになりましたらお呼びください……」
 会釈をしてメニュー表を受け取ると、店員さんは用は済んだと言わんばかりに足早に席を離れていった。
 受け取ったものを開いて見たけれど、案の定読めない。大きな文字は多分、"パスタ"とか"サラダ"とかそんな括り。小さな文字は品の名前。けれどもそれがわかったところでどうにかなるわけでもない。一瞬で諦めてローさんの方に向けてテーブルの上に置いた。
「フフ、何が食いてェんだ?」
 その一瞬でも、ローさんにはわかってしまったのだろう。小さな笑いと共に質問をされた。
「……ご飯ものがいいです」
「なら、ドリアかリゾットだな」
「リゾットで。……チーズのとか、ありますか?」
「あァ。それでいいのか?」
 頷くと、ローさんは呼び鈴を鳴らした。ちりーん、という甲高い音の直後、店員さんが慌てたように早歩きで近づいてきた。
 ローさんはそんなようすを気にすることもなく、私が希望したものと自分が食べたいものを注文した。
 少し時間が経って、出されたのはやはり私には量の多いリゾット。ローさんと時々言葉を交わしながら、ゆっくりと減らしていった。三分の二ほど食べ終えたところで、胃に限界が来る。食べられないことはないけれど、これ以上食べたら食道にまで溜め込んでしまいそうな、そんな感覚がある。
「満足したのか?」
「は、はい……」
 ローさんは私の前に置かれていたお皿と、手に持っていたスプーンを取ると、代わりに小さなキューブ状に切り分けられたケーキがひとつ載った小皿を私の前に置いた。そういえば、ティラミスも載っていた。
「甘ったるそうで食う気が起きねェ。もったいねェと思うなら食え」
 やっぱり、甘くない方だけ食べてしまったらしい。
 私が食べ残したリゾットを掬って口に運びながら、そんなことを言う。きっと私が料理を食べきれないことをわかってデザートを頼まなかったことには気づいていたのだろう。そして、それを少しだけ残念に思っていたことも。
「……ありがとうございます」
 小さくお礼を言ったのだけれど、ローさんは私を一瞥しただけで、食事を続けた。
 食べたケーキは、一見普通のショートケーキだったけれど、クリームにはオレンジの風味が加わっていて別段甘ったるくもなんともなかった。味が爽やかで、だけど適度に甘くておいしかった。
 私が食べ終えた少し後、ローさんもお皿を空にしてスプーンを置いた。
「出るか」
 脇に置いていた帽子を被り、傍に置いていた太刀を手に取り。怯えられながら会計を済ませたローさんは、私の手を取ってお店の外へ出た。
「大衆食堂にでもしておけば良かったな……」
「え?」
「ああいう場所なら、お尋ね者が居ても気にされねェからな」
 怯えられてもどうとも思わないが、話をするとなると別。落ち着かない挙動を見ているといらいらするのだと言う。
 他愛もない話をしながら午後も街をぶらついてみたけれど、ローさんが望むような品揃えをしている書店はないようだった。
 少しばかり落ち込むようすを見せるローさんは、一通り見て回ったからか戻るぞ、と言った。
「ローさん、あの」
「なんだ?」
「これ……ありがとうございました」
 身に着けたままのネックレスを指して言うと、ローさんは口角を上げた。
「気に入ったんなら、何よりだ」


「あーっ、キャプテン、イオリ!」


 既に見えていた潜水艦の甲板から聴こえた声に、思わずそちらを見た。
 元気な声を発したベポちゃんは、甲板から飛び降りてとすとすと足音を立てながら駆けてきた。近くに来ても止まらないのかと思いきや、ぎゅう、と抱き締められる。
「ベポちゃん。ただいま戻りました」
「うん、おかえり! キャプテン、本は?」
 私が手ぶらで、ローさんも身の丈ほどの長さのある太刀を抱えているだけ。それを不思議に思ったらしいベポちゃんは、素直に尋ねた。
「良いものがなかった」
「そっか。残念だったね」
 ベポちゃんはそう答えながら、私の脇に手を差し入れて私の体を抱き上げた。
 ローさんはペンギンさんに呼ばれて足早に船内に戻っていった。
 私はといえばベポちゃんが昼寝をしたいと誘ってくれたので、それに乗ることにして。抱き上げられたまま、日の当たる甲板に連れて行ってもらった。
「あれ? そういえばイオリ、こんなの着けてたっけ?」
 ちょうど目の前に位置した首飾りに、ベポちゃんは首を傾げた。
「ローさんに買っていただいたんです。どうですか?」
「とっても似合ってる! キャプテンが選んだの?」
「はいっ」
 ベポちゃんは海図を描き終えた後は暇だったらしく、甲板に寝転がるとお話をせがまれた。賞金稼ぎから守ってもらったこと、ネックレスの購入の経緯、食事でのローさんのさり気ない気遣い。
 話しこんでいるうちに、ぽかぽかと暖かい空気が睡魔を連れてやってきた。
「ふぁ……」
 小さく欠伸を漏らすと、すぐにベポちゃんがそれに気がつく。
「イオリ、眠いの? お話終わりにして寝よっか」
「はい……」
 ベポちゃんのお腹を枕に、ネックレスを握る。
 お昼寝の間は、悪い夢を見ずに済みそうだ。不思議な安堵感を覚えながら、睡魔に身を任せて目を閉じた。


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リクエスト内容:ほのぼの甘
二人で街を歩く・食べ物を分け合う
ベポに報告

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