love is sickness

「――で、ここが換金所。貴金属とか宝石でなくても骨董品しっかり見てくれるから、おすすめだぜ」
 地理を頭に入れながら、カデットさんの後をついて歩き。滞在期間中に必要な施設を一通り巡った後、一度船に戻ることになった。
 ローさんともお話をしたいから、と言うカデットさんを連れて船に戻ると、ローさんは甲板でベポちゃんと一緒にお昼寝をして、他の皆も思い思いに過ごしていたようだった。
 カデットさんには桟橋の上で待ってもらって、ローさんの名前を呼びながらそっとその体を揺すった。
「……ん。戻ったか」
「はい。街に行く途中でカデットさんに会って……ローさんとお話がしたいと言っているので連れてきたのですが」
 私の言葉に、ローさんは完全に覚醒したらしく身を起こした。
「カデットが?」
 頷くと、ローさんは太刀を掴み陽の光を遮るために深く被っていた帽子を元に戻して桟橋に面した手摺りへと歩いていった。
「よっ、ロー!」
 友人と道で会ったかのような軽さで右手を上げて笑ったカデットさんに、ローさんは苦笑しながら親指で船室を指した。
「話があるんだろう。茶ぐれェは出してやるから上がれ」
「じゃあ遠慮なく」
 お茶の用意をしようと二人に何を飲みたいのかと訊くと、揃って"アイスコーヒー"と返してきた。
 食堂へ行き、コックさんに事情を話すと手早くコーヒーとお菓子を出してくれた。私にもアイスティーを作ってくれたので、お礼を言って船長室にそれらを持っていく。
 この島のことを話していた二人の間にあるテーブルにコーヒーとお菓子を置いて、ローさんの隣に座りトレーに載せていたアイスティーのグラスを手に取った。
「んで、イオリも来たことだし本題だけど。問題とか起こってないか?」
「問題?」
「あぁ。女一人ってのも大変だと思うし、揉めなかったかと思って」
「何度か危険な目には遭わせちまったが、船の中で揉めたことはねェよ。コイツなりにできることは頑張ってるしな」
 ローさんの大きな手にくしゃりと髪を掻き混ぜられて目を細めると、カデットさんはからからと笑った。
「ちゃんとクルーに受け入れられてるんなら良かったよ」
 カデットさんはコーヒーを一口飲むと、私をじっと見た。
「……オーラも大分元に戻ってきたようだしな。"纏"と"練"は欠かさずやってるんだな」
「まだ移動はうまくできませんが……」
「ま、一回は身に着けてるんだし、そのうち戻るって」
「カデットさんは……初めに会った時と少し気配が違います……」
 オーラの感じもカデットさんのものではあるのだけれど、何かが違う。少し前にも別の人の、似たような気配を感じた。
「……"ハキ"使い?」
 ぱっと思い当たった言葉をそのまま口にすると、それは確信に変わった。
「お、区別つくのか?」
 カデットさんは愉しそうに笑った。
「はい。"ハキ"は……念能力より表面的、というのでしょうか。少しだけ違うんです」
「いいトコ突いてくるな。んー、まぁ利害の衝突も考えられないし、知られても特に問題ないからいいか。……オレの能力な、世界移動してからは世界移動するため以外に"念"が使えない、その世界に存在する能力しか使えない、っていう"制約"があるんだよ。イオリをこっちに連れてきた時、"戦えない"って言っただろ? あれはオレ自身が"念"と"覇気"の切り換えが苦手だったからなんだ。悪魔の実でも良かったんだけど、あれ食ったらカナヅチになっちゃうだろ。だから"覇気"を選んだってワケだ。こっちの方が悪魔の実に対抗できるから便利だし、おまえが睨んだ通り"念"と似てるからな」
 隣に座るローさんの顔を見上げると、彼は口の端を上げて"いいことを聞いた"とでも言いたげな表情をしていた。たぶん、私と同じ事を考えたのだろう。
「カデット、その"ハキ"ってヤツは他人に教えられるものなのか?」
「ん? あぁ。教えることはできるけど。それがどうかしたか?」
「仕事の依頼だ。おれたちに"ハキ"の修行をつけて欲しい」
 カデットさんは目を瞬いたけれど、すぐに真剣な目つきになった。
「"覇気"を教えるのはかまわねぇ。報酬も教えてる間の食事と寝床の提供してくれれば十分だ」
「……他に欲しい情報があるんじゃねェのか?」
 ローさんの問いに、カデットさんは人差し指で頬を掻いた。
「イオリ個人からな」
「私……ですか?」
「あぁ。この写真の男、知ってるか?」
 カデットさんがそう言ってテーブルの上に置いたのは、私の過去の雇い主の写真だった。"権限"だけは絶対に雇い主に渡らないように気をつけていたから主人(マスター)ではなかったけれど、雇い主という立場にものを言わせてかなり無理をさせられた覚えがある。
「……この方が何か」
 眉間にしわを寄せてしまったのがわかったのだろう、ローさんに苛立った空気を押さえ込むように頭に手を載せられた。
「……申し訳ございません」
 はっとして咄嗟に謝ると、カデットさんは苦笑を漏らす。
「あぁ、いいよいいよ。いい思い出ないんだろ。こいつさ、目立つトコでヤバいもんに手を出し始めたからとっ捕まえたいんだが、念能力者を雇っててどうにもならねぇっていうんだよ。そのボディガードの能力とか知らねぇか?」
「知っています。その情報をお話すれば、"ハキ"を教えていただけるんですね」
「情報をハンター協会に渡すのに数時間だけ欲しい。ハンター全体にその情報について懸賞金がかけられてるんだよ。報告さえすればオレは完全にフリー。心置きなく"覇気"の修行をつけてやれる。どうだ?」
 元より情報を漏らしてはならないなんて契約も結んでいないし、報復に来られたところであの人のやり方はよく知っているから対処もできる。
「わかりました」
「もちろん、イオリから情報を得たなんて他言しないから安心してくれ」
 考えを読んだかのようにそう言われた。
 ハートの海賊団とカデットさんとの間で提示された条件が多かったため、ローさんはすべて紙に書き起こして簡単に契約書を作った。
 ローさんが考えてくれたし、カデットさんも納得した。私が何か考える必要もなかったけれどどちらが不利になることもないのだろうと判断して、二人がサインを終えた後求められた情報についてすべて話した。
 一通り話し終えると、カデットさんは能力の発動の仕方の関係で船を汚すといけないから、と一度船を降りた。
「んじゃ、行ってくる。その間にロー達はクルーに修行のこと話しといてくれよ」
「あァ」
 カデットさんは私が船に乗ったとき同様、人目につかない場所から帰るようでその方面へ歩いていった。
「……大丈夫か?」
「え?」
 ローさんの顔を見上げると、視線はまっすぐに私の目へと向けられていた。
「今日は昔の話ばかりさせられてるだろ。しかも良い思い出でもねェ」
「……大丈夫です」
 闘技場での話、以前の雇い主の話。確かに感情の揺らぎは念能力者でなくともわかってしまっていただろう。
「カデットが戻ってくるまでベポと少し寝てろ。説明は済ませておく」
 そう言われて私が断ることもできず甲板で鼻ちょうちんを作りながら眠っているベポちゃんのお腹に寄りかかって座ったのを確認すると、ローさんはひとつ頷いて船室に戻っていった。耳を澄ませると、手の空いているクルーに島に出ている人を呼び寄せるように言う声が聴こえてくる。
 確かに、ペンギンさんの言うとおりだった。
 名前こそ呼んでくれなくなっても、ローさんは私を気にかけてくれる。
「イオリー……?」
 寝ぼけ眼で顔だけを起こして、ベポちゃんはつぶらな目でこちらを見ていた。
「ベポちゃん、起こしてしまいましたか?」
 慌てて尋ねると、ベポちゃんはのんびりした所作で首を横に振る。
「ううん、たくさん寝たから起きただけ。でもイオリが寝るならここにいるよ」
「はい……少しだけ」
「うん、いいよー。イオリ、ちょっと元気ないね」
「ベポちゃんにもわかってしまいましたね……。ローさんもそれで少し休めって言ってくださったんです」
「そっか。じゃあ誰か起こしに来るまで寝てなよ。おれも寝ようっと」
 ベポちゃんはすぐに鼻ちょうちんをまた膨らませて眠り始めた。お腹に回された腕は、お腹を冷やさないようにと、休まず動くことがないようにというベポちゃんなりの拘束だろう。
 ――気にかけてもらえて嬉しい、私を見ていてくれているということだから。
「……重症ね」
 ぽつりと呟いた言葉は、ベポちゃんの低い寝息に紛れた。
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