sudden reunion

 島に着き、住人に教えられた浜に船を着けて。シャチさんが情報収集に行っているのを待つ間の薬品庫のチェックを手伝った。
「その箱持ち上げてろ」
「はい」
 包帯などの落としても問題のない、そして使用頻度の高い消耗品は箱に詰められている。その中身のチェックが終わった箱を持ち上げると、更にその下にある箱の中身をローさんが数える。そんなことを数度繰り返し、最後の箱の中身をチェックし終えてローさんが紙に書き込んでいると、薬品庫の扉が開いてペンギンさんが隙間から顔を覗かせた。
「船長、イオリ。シャチが戻ってきました」
「あァ、すぐ行く」
 ローさんに促されて、箱を元の場所に戻して甲板へ出た。
 ベポちゃんはシャチさんから一通り聞き終えたらしく、お昼寝をしている。ローさんがベポちゃんのお腹に寄りかかって座ると、シャチさんがその正面に座りこみ、他のクルーはそのシャチさんを囲むように座った。私もローさんの傍に腰を下ろす。
 皆が話を聞ける態勢になったことを確認して、シャチさんが口を開いた。
「まず、この島の名前はハーデンベルギア島。"記録(ログ)"が貯まるのには2週間かかるそうです。夏島で今は夏らしいですよ。やたら暑いのはそのためです。んで、島の中の街は問題さえ起こさなければ海賊にも寛容です。ベポとイオリも出歩いても問題なさそうだけど、一応誰か一緒に行動した方がいいかもしれないですね」
「あぁ、わかった。物資の補給や換金は問題ねェか?」
「えぇ! 海賊相手に商売してる店もいくつもありますし、換金所もあるそうです」
 シャチさんの話を聞く限り、私にとっても過ごしにくくはない島のようだ。
「で、偵察は誰が行きます? さっきのおっさんに聞いた話だけじゃァ足りないと思います」
「あァ、ご苦労だったな。シャチは休んでいい。誰か行きてェヤツはいるか?」
 ローさんがぐるりと皆の顔を見回すと、ペンギンさんが手を上げた。
「おれが行ってきます。あともう一人いると助かるんだが……」
 初めて足を踏み入れる場所では、何かあった時のために一人で行動するより複数でいる方がいい。
「あ、あのっ。私も行きたい……です」
 何か役に立てたらと、おずおずと手を上げた。
 ローさんは驚いたように双眸を開いて私を見た後、少し考える素振りを見せた。
「……まァ大丈夫だろう。ペンギン、いいか?」
「えぇ、イオリももう船に乗った頃みたいにぼんやりしてるワケじゃないですし」
 思いの外すんなりと許可が下りた。
 問題さえ起こさなければ寛容だと言うのなら、賞金首である人間が率いる海賊団のクルーであると示した方がいい、というローさんの言葉に従って、つなぎに着替えてからペンギンさんと共に数十分ほど歩けば着くという街を目指して歩き出した。
 ちらちらと船の方を見ていると、ペンギンさんが小さく笑った。
「やっぱり不安か?」
「いえ、ペンギンさんも一緒ですし……」
「嬉しいことを言ってくれるな。けど、それなら何が気になってるんだ?」
 話しても大丈夫だろうかと、少し不安に思う。
 私が気にしていることは、思い過ごしかもしれない。
「些細なことでもいいさ、話してみればいい。イオリのことは妹みたいに思ってるんだ、ちょっとしたことだって不安に思ってるなら聞くから」
 不安が表に出てしまったらしく、ペンギンさんは私の背を押すようにそう言った。
 その言葉のおかげで、私も相談する勇気が出た。
「ローさん……思っていたよりあっさり許可をくれたから」
「あァ、そのことか。内心相当渋ってたと思うぞ」
 ペンギンさんはからからと笑った。
「渋ってたんですか……?」
「あの人、イオリに対してそりゃァもう過保護だからな。少し前に、おれから船長に言ったんだ。イオリが頼れるのが船長だけっていうのも後々困るだろうから、偶には他のヤツらにも任せてみてくれないかってな。さっきも眉間に皺寄せてたぞ」
「そう、ですか」
 安堵の息を吐いていると、ペンギンさんは意地悪そうに笑った。
「本当はもっと気になってることがあるんじゃないのか?」
「……わかりますか?」
 ローさんほどではないにしろ自分より高い位置にあるペンギンさんの顔を見上げると、あァ、と頷かれた。
「……最近、名前を呼んでくれない、って感じていて。だから今日外出の許可をくれたことも、それと関係あるのかと思ってしまって……」
「あァ、それはおれも気になっていた。……けど、過保護なのは変わってないんだよなァ」
 ペンギンさんはなんだかにやにやとしていて、楽しんでいる様子だ。
「直接言った方が早いと思うけどな。おれから言えるのは、船長がイオリのことを気にかけてるのは変わらない、ってことだけだ」
「……直接、ですか」
「あァ」
 確かにからかわれていると感じるのに、それと一緒に気遣いのようなものも感じる。私にとって腑に落ちない答えしかくれないのも、私のためなのだとは思うけれど……。
 悶々としたまま歩いていると、ペンギンさんがあれ、と声を上げた。
 一度その顔を見上げ、視線が向いているらしき方向を見る。鼻歌を歌いながらこちらへ歩いてくる若い男のひと。
「カデットさん……!?」
 驚いた私は、思わずそう呼びかけてしまった。
 相手もこちらを見て瞠目した。けれどその表情はすぐに明るいものに変わる。
「イオリと、ローんとこのクルーじゃねぇか!」
 手を振りながら駆け寄ってきたカデットさんは、くしゃりと私の髪を撫でた。
「っと、自己紹介はきちんとしてなかったよな。オレはリンク・カデット。イオリの元保護者だ」
 冗談めかした自己紹介に、ペンギンさんも笑って応え、名乗った。
「あの、カデットさんはどうしてここに?」
 居ても不思議ではないことはわかるのだけれど。詳細を言う必要もないことはわかりきっているだろうし、と当たり障りのない質問を投げかけてみた。
 カデットさんはいやそうな顔をすることもなく、笑って答えてくれた。
「ハーデンベルギア島はオレの行動拠点のひとつなんだ。仕事もちょうど終わってるし、古い港から来たって事は偵察だろ。案内が必要なら引き受けるぞ?」
 判断は任せるという意味でペンギンさんの顔を見上げると、ペンギンさんはこちらを見てひとつ頷き、カデットさんへ向き直った。
「迷惑でなければ任せたい。イオリもその方が安心できるだろう?」
「はいっ」
 カデットさんは歯を見せて笑い、とん、と自分の胸を拳で叩いた。
「よし、任された! で、どういうところを見ておきたいんだ?」
 酒場や娼館などの娯楽の提供を受けられる場所、滞在のための宿、物資の補給や換金ができる場所。
 一通り必要な場所をペンギンさんが述べると、カデットさんはふんふんと頷いて踵を返した。
「順番に見ていくとするか。街の中に入っても、あんまり人の視線は気にするなよ? ここの人間は海賊だってわかればすぐに普段通りに戻るから」
 その言葉に頷くと、カデットさんは満足げに頷いて街へ向けて歩き始めた。
 不思議な人だと思う。あの時だって初対面だったのに、すぐに頼ることができた。今だって、ローさんの傍の方が安心できることに変わりはないけれど、カデットさんに会ったことで緊張が緩んだような気もする。
 そんな感覚を覚えたことで、自分がまだこちらの世界に馴染めていないような気がしてきた。
 肉親がいなくて、私の面倒を見てくれていたひとの居る世界からも離れて。
 その世界との繋がりを持っているのがカデットさんで、その繋がりがなくても大丈夫なようにと私を任せられたのがローさんで。だから私は二人の傍にいると落ち着く。それに対して、そこまで細かい事情を知らない人しか居ない状況に放り込まれると、甘えてはいけない、と一歩引いてしまう。
 もしかしたら、ローさんに甘えすぎてしまったのではないか。だから名前を呼んでくれなくなってしまったのではないか。
 そんな負の思考が過ぎると、それが頭から離れなくなってしまう。
 けれどそれは、ペンギンさんに相談できるようなことではない。カデットさんだって、今は知人として良くしてくれているだけで、仕事の範囲外。私に相談をされても迷惑に思うだけだろう。
 口には出せない不安がわだかまって、余らせた袖の内側でぎゅ、と拳を握り締めた。
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