telling lies to my heart

 ……暑い。
 ぼんやりと目を開けて周囲を確認すると、ソファに座り穏やかな表情で目を瞑るローさんの姿が目に入った。デッキの方からはクルーたちの賑やかな声が聴こえる。きっとそれを聞いて、穏やかな気持ちになれているのだろう。
 夢も見ないほど深く眠ってしまったのだろうか。目覚めはすっきりしていて、気持ちがいい。
 けれど暑さや湿気がどうにも体に纏わりついて、いつの間にか退かされている布団の代わりにお腹に掛けられたタオルケットを捲り、暑さへの不満の声を零しながら身を起こした。
「フフ、さすがに暑くて寝ていられねェか」
「この暑さですから……」
 項にかかる髪を払って風を通し、首元を通った微風に目を閉じた。
「暑ィなら上着は脱いでもいい。冷えようがねェだろ」
「そうします……」
 羽織っていた上着を脱いで畳んでいると、布団を洗濯するというクルーがやってきた。
 ローさんの"水を被るな"という忠告に頷いて、シーツを抱えたクルーと共に廊下を歩く。
「イオリ、体調は良くなったのか?」
「はい、ゆっくり眠りましたから。ご心配おかけしました」
「元気になったんならいいんだ」
 扉を開けてもらい甲板へ出ると、布団や服を洗っていた皆が振り返る。
 "もう大丈夫なのか"、"元気になったんだな"。かけられる言葉にひとつひとつ返事をして、シャチさんに布団を預けた。
「お、イオリ、顔色良くなったな」
「そうですか?」
「朝よりはずっと。あ、そうだ。おーいバンダナ! その魚イオリに預けろよ」
 シャチさんはデッキの隅で海面に釣り糸を垂らすバンダナさんに声をかけた。
「? おー! わかった」
 バンダナさんもすぐに片手を上げ、ちょっと待っててくれ、と言ってかかった魚を釣り上げる。
 その傍へ行って大き目のバケツの中を覗きこむと、クルーの半数ぐらいは十分に食べることができそうだという量の魚が少し窮屈そうにぶつかり合いながら泳いでいた。
「ほい、んじゃァこれ、コックのところに持って行ってくれ。おれはまた釣って持ってくから、これだけ頼む」
「わかりました」
 手頃な板で魚が跳ねないように蓋をして、食堂へと向かう。食堂を良い匂いで満たしながら昼食の準備をしていたコックさんは、バンダナさんからだと告げて魚を渡すと、待ってたよ、とからりと笑った。
「昼メシがもうじき出来上がるから、船長を呼んできてくれないか? 暇なら食べに来てください、ってな」
「はい。……他の皆さんは?」
「あいつらは一段落ついたら来るから心配ないさ。そうだイオリちゃん、夜は何か食べたいものはあるかい?」
 リクエストを聞いてくれる。……あぁ、そういえば。はたと思い出して、ぽつりと言葉を落とす。
「そういえば、宴をするんでしたね」
「だからバンダナに頼んで釣りをしてもらったんだよ。そうだなァ、果物はたくさんあるから、デザート系なら大体は応えられるぞ」
「うーん……そう言われてしまうと悩みます……。あ、タルトが食べたいです」
「はは、了解したよ。ベポも大喜びで食べるだろうから、たくさん作るか。よし、これでメニューはほぼ決まりだ」
 満足げに頷くコックさんに、ローさんを呼んできます、と伝え、食堂を後にした。


 お部屋に戻ると、ローさんはソファに深く座り窓へと顔を向けていた。テーブルには栞を挟まれた本が置いてある。きっと暑くて読むのがいやになってしまったのだろう。
「ローさん、昼食ができたので暇なら食べに来るように、との言伝をコックさんから預かりました」
「あァ……なら食いに行くか」
 ローさんは少し気怠そうに言い、太刀を掴んでソファから腰を上げた。
 ふと、寝る前のローさんの行動を思い出す。
 目にオーラを集めて、視界に入る他人のオーラをより鮮明にした。
 扉を押さえてローさんが出るのを待ちながら、彼が口づけた毛先に触れる。
 僅かに見開かれる目、些細と言えるほどに小さく跳ねた肩。一般人であれば所在なさげに立ち昇るオーラが、一際大きく揺れた。
「……どうした?」
 核心を突いてしまわないように。そんな慎重な問い方に、何も言えなくなってしまう。
 元より彼の真意を知りたかったわけじゃない。ただ、彼の行動が夢うつつだった私の都合の良い妄想だったのか、それとも単なる事実だったのか、それを確かめたかっただけだった。
 問い質そうなんて思わない。知らないふりをしていれば、きっと彼はまた夢の中に半身を浸けて微睡む私に触れてくれる。
 優しい手に触れられるのは、安心する。何か困るわけでもないというのなら、目の前に突き出された事実の一端に食らいついてその心地よさを無くしてしまうだなんて、あまりにも愚かだ。
「いいえ、なんでもございません。少し絡まっていただけですから」
 嘘は得意。全くの嘘をつくことができてしまうヒソカほどではないけれど。
 本当のことを告げるのは、それ以上に容易い。現実味を帯びた、真実を確かめようのない嘘を混ぜてしまえば、それはもう誰にもわからない。
 私は唯一の拠り所である彼に依存しているだけ、ただ、それだけ。これも確かな事実の一端、私はこれで麻痺できる。
 いつか彼があの行動の意味を教えてくれるまで、私はずっと自分を騙していよう。
 扉を閉めて、先を歩く彼の背を追うために一歩踏み出す。――カシャン、慣れた音が戒めるように耳に響いた。
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